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ボタンを押すと明るいチャイムの音がして、しばらくするとインターホンからエリカの声で「はい」と返事が聞こえた。
「お邪魔します」
普通の家より、少なくともうちよりは数段広い玄関。入るとふわっとよその家の匂いがした。
棚には埃ひとつ積もっていないし、床はピカピカで玄関の鏡も磨き上げられていて隙がない。やっぱり、この家に入るときはいつもちょっと緊張してしまう。
あれ?
たたきに男ものの靴が置いてある。エリカに兄弟はいないから、おじさんのだろうか。それにしては随分若者向けというか…。
「透?」
「あ、ごめんごめん」
可愛らしいフリルのついたロングスカートの裾をフワフワさせながら歩くエリカの後に続き、そこだけ見ても十分に品のよさそうな廊下を通っていつもの応接間に案内された。
好きに座っててとエリカはお茶を淹れに台所に行ってしまい、残った私はよく知った応接間の扉を開けるが、
開けた扉を思わず閉めて、ちゃんとここがエリカの家の応接間であることを確かめた。間違いないことを確認したうえでもう一度そっと扉を開けてみたが、中の光景はさっき見たものと少しも変わっていない。
「何やっとるんじゃ」
「何って、……仁王こそなんでここに…」
そう。応接室の大きなソファーには、なぜか仁王雅治その人が座っていた。しかも、すっかり寛いでいる様子で。
入口で立ち尽くしている私に、仁王は緩慢な動作で椅子を、いやソファーを勧めた。
「つっ立っとらんで座りんしゃい」
「座りんしゃいって、あんた…」
「座らんのか?」
仁王は普通だった。先日あった屋上でのことなど全て忘れてしまっているのかと思ってしまうほどに。
私は仁王の言葉に首を振り、しかしいつまでもここに立っているのも何なので、とりあえず部屋に入って扉を閉めた。
「よく平気で家に来られるわよね。罪悪感とかないの」
「誘われたから来ただけじゃ」
「ないってわけだ」
「そうは言っとらん」
「言ってるようなもんじゃない。浮気といい、ここにいる事といい、仁王ってちょっとおかしい」
思っていたより刺々しい声が私の口から出た。よく分からないけれど、もやもやする。
家に招かれるほど、仁王はエリカの中に入り込んでいるんだろうか。
それに口を挟む権利なんて私にはないけれど。
「…何?」
気付くと、仁王がこちらを見つめていた。じろじろと不躾な視線を向けられ、私はあからさまに顔を顰めた。
「やっぱりお前さん、エリカによう似とるのう」
彼は紅茶の入ったカップを手に取って、そこに冷めた視線を落としながら、唐突にそんなことを口にした。
似てる?私とエリカが?
ゆっくり持ち上げられた仁王の視線が私のそれと絡んだ瞬間、タイミング良く応接間の扉が開いて、お盆を持ったエリカが戻ってきた。
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