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食べる方が好きです


屋上で仁王と会ってから数日。エリカにはこれといって変わった様子はない。

仁王が浮気の仕方を心得てるってことだろうか。エリカはその事を知らないのか、知っているが知らぬふりで通しているのかは私の知るところではないけれど。
それでもエリカは何かと顔にでる方なので、何ともなさそうに見えるってことはたぶん何も知らないんだろうな。


「透、ちょっとスーパーで牛乳買ってきて」

「え〜…」

「休みなんだから、ごろごろしてないで出かけてきなさい」


出かけるって言ったって、お使いじゃないか。
時計に目をやれば、ちょうど針が九時をまわったところだった。
ベットに寝そべっていた身体を起こすと、母さんが財布と買い物メモを投げてよこした。


「げ、牛乳だけじゃないじゃん」


メモには普段買い物に行く時に買うのと同じぐらいの量が書いてあった。


「昨日買い物するの忘れちゃったのよ。一つ好きなお菓子買っていいから。ね、お願い」


…小学生か。

心の中でそうつっこみながらも、ここらで動いておかないと後がうるさいなと思い、私はしぶしぶながらもメモと財布を持って家を出た。
どうでもいいけどこのメモ、肝心の牛乳を書き忘れてるよ母さん。


「あ」

「おや?」


玄関の門を出たところで、私は見知った人影を見つけた。
お向かいに住んでいる柳生さんちの比呂士くんだ。


「こんにちは、お出かけですか?」


家の前で立ち止まると、彼は丁寧な言葉遣いでいつもの紳士然とした笑みを浮かべた。


「これから使いっぱしりに行くところ。柳生は、今帰り?」


ファンの間で“紳士”なんて呼ばれちゃうくらいの礼義正しさは今日も健在みたいで、休みだと言うのに、やはり彼は身なりから何からきっちりしていて隙がなかった。


「いえ私も出かけようとしたのですが、家に鞄を置いてきてしまいました」


しかし、その彼にもこういう一面があるというのは知るぞ知る、といったところ。
彼は恥ずかしそうに指で頬をかいた。

家を出るのに鞄ごと置き忘れてきちゃうなんて、なかなか出来るものじゃない。ごく少数の人しか知らない柳生。彼は時々こうして抜けている。


「そういえば…柳生もテニス部だったよね」


ふとそんなことを思い出した。確か彼も無類の王子様集団に属していたはずだ。


「ええ、そうですが」


ちょっとだけ首を傾げる。なぜ今さらそんなことを?といった風に。

王子様…か。

確かにかっこいい部類に入るんだろう。小さい頃から知ってるからあんまりそういう風に見た事なかったけど。
柳生は顔もいいし性格もきっちりしてて大人びてるし、ちょっと頭は固いところが考えものだけど、気配りもできてめちゃくちゃ優しいし、なんだかわかるかもしれない。
ただ、王子っていうよりは執事っぽいイメージだけど。

…執事な柳生か。

……ちょっと口うるさそう…。


「“も”とは?」

「え?」

「私もということは、どなたかテニス部に知り合いでもできましたか?」

「……まあ、そんなとこかな」


一瞬出てきたのは仁王の顔だった。最近できた知り合いというか…なんというか…。


「あ、ひきとめてごめん」

「いえ、構いませんよ。それではお気をつけて」

「うん、柳生も」


丁寧に頭を下げて家の中に入って行く柳生を見送り、私はスーパーに向かった。





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