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「…栗原茜、です」
「そーそー、最初っから素直に言えっての。もったいぶるほどの名前じゃあるまいし」
あ、失礼だ。この人失礼だ。
落ち着いてくれたのか、あたしが名乗ると服から手を離し切原は満足げに笑った。
対するあたしは不機嫌なことこの上ない。
なんで後輩に脅されてるんだ、とか。しかも何でため口なんだよ、とか。もう海に帰っちまえよ、とか。いろいろ不満が尽きない。
そもそも、こいつはなんなわけ…?
「…あたしに何か用?」
どうでもいいからそこを退いてくれ。なんて本音は押し込めてそう聞くと、彼はぱちりと目を瞠った後、
「まぁ、いろいろと」
苦笑いを浮かべた。
ますますわけが分からない。
とにかくどうにかしてこの状況から脱出しなければ。
「あたし今日は用事が…」
「ふーん、どんな?」
え、ど、どんな?ええと…
さっそく言葉に詰まった頭に浮かんだのは、海底で波にゆられるワカメだ。
「わか……こ、昆布を取りに…」
「は?どんな用だよ。まあいいや、すぐ済むからとりあえず座って」
「あ、うん…」
ぽんぽんと隣の椅子に促されて、つい素直に従ってしまったことにハッとする。
く、くそ、この流されやすい性格が恨めしい。
せめてもの抵抗で背中を向けて座ってやった。
これはちょっと、いやかなり失礼かもと思ったけど今さら向き直れない。
「あんた、喧嘩売ってる?」
「いやまったく。これが普通なの、気にしないで話して」
普通に考えて人に背を向けて話すのが当たり前なやつなんかいないよ。どんな人見知りちゃんだ。
内心で突っ込みつつそっぽを向いたところ、「はー…」と後ろででっかいため息をつかれた。
何でこんな電波女に関わらなきゃいけねえんだとか思われてるのかもしれない。でもこれぐらいでこの男子から解放されるなら安いもんだ。電波でも何でもいいからどっかいってくれ。
「用っていうか…あれだ」
どれだ。
「…あんたに頼みがある」
「いや、無理…」
「まだ何も言ってねえだろ!」
周りの人たちから好奇の視線が集まる。大きな声は静かな図書室に響きすぎるほどよく響いた。
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