飛び降りた先にあったのは、白
一目散に階段を駆け降りる。
冗談じゃない。あいつ頭おかしいんじゃないだろうか。
いくら地味で男に免疫なくたって、相手が自分に好意的かそうじゃないかぐらいは分かる。
LoveどころかLikeすらないのに彼女になれってどういうことだ!
もしかしてあれは悪魔との契約の言葉かなにか!?自分でも知らないうちに悪魔を呼び出しちゃったの!?
理解不能。読み取り不可能。コミュニケーションエラーだ、赤ランプだ。
二階の踊り場を駆け抜けて、一階の廊下が見えてくる。
大混乱なあたしはとにかく図書室から離れることで頭がいっぱいで
二段飛ばし、三段飛ばし、最後には階段の五段目あたりから飛び降りた。
スタン、と気持ちいい音がする。
フィニッシュ!なんて心の中で唱えてにやりと笑ったあたしだったが、目の前に人が立っていることに気付いてぎょっとした。
相手の男子も驚いたらしく、ちょっぴり目を瞠っている。
その男子の顔を見て、あたしはさらに目を見開いた。
その男子は、なんかあたしなんかが生きててごめんなさい、って思っちゃうほど、かっこよかった。
一見したらおじいちゃんみたいな色の髪が、普通の人だったら絶対似あわないであろうその色が彼にはよく馴染んでいて。
綺麗ってこういう人のこというのかなって感心して―――…
そこであたしは我に返った。
み、見られてた?
この人に。
両手を伸ばして着地のポーズとかつけちゃって、あまつさえ一人でにやけてたとこ、見られてた?
数秒沈黙が流れた後、
「白…」
ぽつりと男子生徒が呟いた。
白?
なんのこと?と首を傾げる。
あたりを見回しても特に白くて変わったものとかはない。この空間で白と言えば壁だけど、壁はいつだって白いし。
それにこの人はたぶんあたしを見て白って言った。
今あたしの中で白いもの、白…白…
カッターシャツ?
ううん違う。制服なんだからこの人も同じやつ着てるし。
そんな事でいちいち驚いてたら、校内なんか人とすれ違う度にびっくりしなきゃいけなくなる。びっくりする程かっこいい人がそんなことでびっくりしちゃう方がびっくりだ。
いかん、こんなアホなこと考えてる場合じゃなかった。
じゃあ、一体何だ?
白くて、見たらちょっとびっくりしちゃようなもの…?
記憶の糸を手繰り寄せる。六時間目……昼休み……お弁当…、と巻き戻して行った結果、嫌なことに思い当たった。
そういえば今朝、そんな色を見たような…
「ま、まさか…」
あたしさっき何した。確か階段から思いっきり飛び降りた。
ってことは、
PA・N・TU!?
パパパ、パンツなの!?あたしパンツ披露しちゃった!!?
衝撃にあんぐり口を開けるあたしを、その人は黙って見下ろしている。
お願い何か言って!頼むから「そんなヤボなもの見てないぜベイべー」とか言って!
いややっぱヤダ、こんな人の口からそんなアホな台詞聞きたくない!
一人で赤くなったり青くなったりしていると、意味ありげに彼が口の端を釣り上げた。
や、やめて!もう事情は分かったからそれ以上は言わないで!
「清純派じゃな」
それは推測を確信に変えた。
耳にするやいなや、あたしは弾かれたように立ち上がり、
「――失礼しましたあああっ!!」
がばっと頭を下げ、次の瞬間には脱兎のごとく駆けだしていた。
その男子は耳慣れない喋り方をしていたけれど、それどこの方言?とかまったく気にならなかった。
今のあたしは、パンツのことで頭がいっぱいだった。
***
「あー…」
失敗だ。
先生の注意をそこそこに聞き流しつつ、ばらまいた鞄の中身を片づけて図書室を出た頃には、既に廊下に栗原茜の姿はなかった。
「上手くいかんかったみたいじゃのう。」
階段の方からいつもの気だるげな雰囲気を纏った仁王が出てきて、図書室の入口に突っ立っていた切原を確認するなり開口一番にそう言った。
「なんで知ってんスか」
「さっき階段上がっとったら擦れ違ったぜよ」
目を瞠る切原に、仁王は面白そうに喉を鳴らす。
「こういう駆け引きは苦手みたいじゃな」
「笑い事じゃないっスよ…、俺にとっちゃ一大事なんスから」
「ま、急かんと気長にいきんしゃい」
あぁぁあ…と頭を抱えて蹲る切原を見下ろし、仁王はせいぜい頑張れとばかりに笑うのだった。
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