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3
 



“ちょっと、静かにしてよ!”

あたしは慌てて振り返りまだ何か言おうとした切原の口を塞いだ。
ちら、とカウンターの方を見ると先生がこっちを睨んでいて、そこへ必死にへこへこ頭を下げた。
向き直ると、またまたこっちを睨んでいる切原と目が合う。
何も言えなくなっている分、凄みを増した視線がちくちく刺さって痛い。


「だっ…だってジュース買ってーとか、そんな可愛いお願いには到底思えないんだもん」


わ、わかってくれる?わかってくれるよね?

おそるおそる口にあてていた手を外してみるが、


「可愛いもんだって」

「………、」


返る声に疑いの眼差しを向ける。
信用ならない。信用しちゃいけない気がした。

この人、なんかトラブルメーカーっぽい。

それは今まで事なかれ主義を貫いてきたあたしにとっては天敵ともいえる存在。


「じゃあどのくらいまでなら平気なんだよ」

「な、何が?」

「決まってんだろ」


熱っぽい黒い瞳に、まぬけなあたしの顔が映る。

決まってる?何が?
さっぱり分からない。

けど、答えようによっては面倒なことになりそうな予感がした。かと言って誤魔化す言葉も浮かんでこない。


「ええと………嫌だ」


言った途端あたしのほっぺが横にのびた。


「い、いはい、いはい!」

「嫌とか無理とかうっせえよ、いいからハイって言え」


言うわけないでしょ!

じんじんするほっぺたを押さえながらあたしは切原を睨み上げた。


「で、どれぐらいが許容範囲?」


どこまでも偉そうに切原は訊いてくる。


「……無理がない程度なら」


他に言いようがなかった。
すでに許容外だって言ったらまたつねられそうだし。
無理そうなこと言われたら逃げよう。全力で逃げよう。


「んじゃあ、全然余裕だな」


そう言って切原は笑った。
悪魔の笑みだ。にぱって感じのその笑顔が信用ならない。とても。
そして、我が道をゆく彼はがしりとあたしの手を掴んだ。




「俺の彼女になって」




……………

………

……

――は?



いつから耳が悪くなったんだろう。今、何かありえない言葉が聞こえた気がした。


「あの、え?今なんて…」


ぽかんと開いた口を塞げずに、あたしはただただ切原の顔を凝視した。


ちょっと待って。意味分からん。
これは告白?
…じゃないよね。初対面だし。いま自己紹介したばっかだし。

しかもこういうシチュエーションに付き物な甘酸っぱさなんて欠片もない。そんなものを味わったことがあるのかと訊かれれば答えはNOだけど。

何にしたって、この状況の答えは見つからなかった。

でも一つ確かなことがある。


「な、何だよいきなり」


急に椅子を押して立ち上がったあたしに、切原がちょっと怯んだ。


「ごめん、意味分かんない」

「ちょっ、ああ!」



一つだけ確かに分かること


“これは無理なお願いだ”


鞄の持ち手を掴む。手繰り寄せた時に傍にあった切原の鞄を巻き込んで、落下したそれの中身が散らばる音がする。ばさばさとノートやら教科書やらが床にぶつかる音。
実際どうなっていたのかは見る暇もなかった。


「こらぁ!!走るな栗原ーー!!」


鞄を握りしめ、あたしは怒鳴る先生の声も無視して図書室を飛び出した。



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