イエローテープ
どうしてこうなった。
テニス部と関わってからもう何回この言葉を呟いたか知れない。
昼に集まった面子からして嫌な予感はしてた。
切原。丸井。仁王。
なんだかこの間の日曜にもみた顔ぶれだ。居並んだ三人はあたしも含め車座になり、各々が好き勝手に喋ってる。
見た瞬間、あ、帰りたいと思った。久々に本気でこの場を離れたかった。
自由人×3。嫌な組み合わせの最たるもので。この三人が揃うと大概会話はロクでもない方向へと流れていく。
それはもう、この短期間で嫌という程思い知らされた事実だ。
「だいたい赤也も赤也だぜ!帰るなら先に言えよな、お前の分のケーキ余っちまっただろぃ」
「言いつつ嬉々として食っとったけどな」
「ならいいじゃないッスか。二つも食べられたんスよね」
「正確には栗原の分も入れて三つぜよ」
「うげ…。聞いただけで胸やけしそう、ってか丸井先輩こないだジャッカル先輩にダイエット宣言してませんでしたっけ?」
「だってもったいねぇだろ!俺が食わなきゃ誰が食うんだよ!」
まだ晴れない気分の中、待ち受けていたのはいつもよりも数段うるさいお弁当タイムだ。
勘弁してほしい。この、薄暗い路地に無駄に煌々と照明を当てられている感じ。
「つーか、戻ってこねぇとか、何してたんだよお前ら」
「何って普通に帰っただけっスよ」
「まぁそこは付き合っとるなら色々あるじゃろ。なぁ赤也」
「えー…そうっスね。そう言われると、まぁ色々」
いや色々じゃないし。否定するならちゃんとしなさいよ。
苛立ち任せに、空いたお弁当の隅を箸でつついていた時だ。
「んで、実際どうなんだよ」
何故か丸井がベクトルをこちらへ向けた。
「いや…そもそもそういう付き合いじゃないし」
分かってんでしょーが、と内心呟くあたしに、丸井は尚も詰め寄る。
「何かねーの?赤也と」
「赤也とな」
当たり前にのっかってくる声は仁王だ。もうほんと、食事の時くらい静かにしててくれたってバチは当たらないのに。
「…何も無かったって言ってるじゃない」
首を振りつつアスパラのベーコン巻きを頬張った。冷えて固まっていた脂が口の中でじんわり融けて風味が広がる。
あぁ、コレ美味しいな。でもってまだ諦めない丸井めんどくさい。
もくもくと口の中のそれを飲み込み、辟易しながら口を開く。
「ねぇ赤也あんたからも…、」
――あ、ヤバい。つられた。
じゃなくて…切原。と急いで訂正したけれど、時すでに遅しだ。
チラついた餌を目敏い二人が見逃す訳もなく、つつき回す気満々のニヤニヤが二つ浮かぶ。
「ふーん、ほぉー」
「“何にも”ねぇ」
「っ違う、違うから!あんた達が赤也赤也煩いからつい…!」
「そうかそうか。で、いつの間に名前で呼ぶ間柄になったんか教えてくれんか?」
「そーそー、隠し事なんて水臭くねぇ?」
―――こいつら…っ!
握り締めた箸がぎりりと音をたてるが、その隣でもくつくつと喉を鳴らす音がする。
「なんでアンタまで笑ってんのよ!否定して!否定!」
けれど訴えも空しく切原は嫌な予感を煽るように笑った。
ニヤリ、と。
「バラすならバラすって言えよな茜」
あんぐりと、クルミ割り人形のようにあたしの顎は落ちる。
「あああああんた…!」
二対二の構図だとばかり思っていたのに、実に鮮やかな手腕でそいつは敵方へと寝返った。
なんてこっただ。三対一、明らかな劣勢で、かつしでかした失敗が旗色をめっぽう悪くする。
「観念した方がいいぜよ茜ちゃん」
「素直になれよ茜ちゃん」
「その呼び方やめて今やめてすぐやめて」
どうにかかわそうとするが、付け入る隙を見つけたからにはそう簡単に逃がしてくれる訳もなかった。
「さっきみたいに赤也って呼んでいいんだぜ?」
「じゃあ俺のことはブンちゃんって呼んでいいぜ」
「なら俺はまーくんやのう」
「まーくんて仁王先輩」
「可愛いじゃろまーくん」
「仁王マジお前の趣味どうかと思うぜ」
何がそんなに面白いのか、目の前で三人が…いや丸井と切原が笑い転げる。
「…全力で辞退させて頂きます」
片手で制し、断固拒否の意を示すも、嫌がらせの様な囲い込みをかけてくるやつ等の勢いは衰えずニヤニヤも止まらない。
「えー、ブンちゃんさみしー」
「赤也もさみしー」
「まーくんもさみしー」
「ほんとマジでやめて下さい」
正面、並びに左右と、どこを見ても敵しかいない。くるりと背を向けてやると肩先から丸い頭が覗いた。
「んだよノリ悪ぃな」
「悪くて結構です。ちょっと、近いってば」
女の子みたいに大きな目を眇めて見せる丸井の頭を視界の外へ押し戻せば、背後から口々にブーイングが上がる。でももうまるっと無視だ、無視無視。
「茜ちゃーん。もしもーし」
「ひっ!?」
ワザとらしい呼びかけから秒も経たずに背中を指がなぞった。もはや立派なセクハラだ。
「ほんっといい加減にしなさいよ!!特にあんたよ「ブンちゃん」ブン…っ!?まる、まるい…ッ!!」
盗塁よろしく恐ろしい程のタイミングで滑り込んできた仁王の声にうっかり口が追随し、どっと笑いが渦巻いた。
こいつらっ…!!!
腹を抱える勢いで爆笑する赤と黒を睨みつける。
「なんだよ照れんなって。休みに一緒に出かけた仲だろ?」
「そうでしたね。強制的に皆でね。強制的に」
そもそもあれは真田と出かけていたんだ。その真田との事を茶化されるならまだしも、この状況は大いに遺憾。
身を乗り出して迫ってくる丸井が、笑えとでも言うのか、両手の人差し指であたしの頬を押し上げた。
「ほら言ってみろぃ。ブ・ン・ちゃ・ん」
誰が言うか。このセクハラ大魔王。
その手を払いのけてもこの責め苦は終わらない。
「赤也。」
「ブンちゃん。」
「まーくん。」
「ああああああああっ」
この三人揃ったらほんっと最悪!!!
耳を塞ぎ目を塞ぎ、この日、私は石になったつもりで台風真っただ中のような昼休みをやり過ごした。
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