ヒーローには程遠い
本屋を出た後、テニス部はそのまま幸村くんとやらの所に行くらしく、お見舞いついでに一緒に食おうぜと丸井が手に持っていたケーキの箱を掲げて真田を回収していった。
そんなわけで一人で帰宅だ。途中から騒がしかったせいか、帰り道がやけに静かに感じる。
お前も行くかと聞かれたけれど、それは断った。会ったこともないやつがいきなり来たら幸村くんだって迷惑だろう。
何はともあれ、一仕事終えた気分であたしは駅への道を行く。
本を選んだだけなのに真田にはやけに感謝されてしまった。逆に気を遣わせてしまったかもしれない。貰った本を取り出してみれば、新刊の台で見つけてちょっと買おうか迷っていた本だった。
すごい。真田は細かい事に気が回らなさそうなイメージだったんだけどな…。
今日だけで意外な一面をいくつも見た気がする。そんな事を思いながらつい頬を緩めた時だ。本から上げた視界いっぱいに灰色のものが立ち塞がった。
危なっ電柱見てなかった。
咄嗟にかわしたものの、肩が電柱以外の何かにぶつかって結局尻餅をついた。
「あ?なんだこいつ。いってーんだけど」
見上げた先には、さあ絡むぞと言わんばかりの顔をした、いかにも面倒くさそうな人達が立っていた。
うわあああやっちゃった…!
「すみません…っ、前見てなくて」
「あ?前ぐらい見ろよな。それとも俺の影が薄すぎて見えなかったとでも言うのかよ」
そ、それは被害妄想というやつです。むしろ薄いのはあたしの方ですっていうか今空気になりたい思いでいっぱいです。
虫の居所が悪かったのか、それとも暇を持て余し過ぎていたのかその人たちは冗談みたいに全力で絡んでくる。どうせなら美人にぶつかられたかったなんてあたしに言われてもどうしようもない。
…ほんとにいるんだこういう人。
頭の中でこっそり全力お兄さんと命名するが、笑えない。目を合わせるのが怖くてピアスの数なんて数えてしまって、「どこ見てんだコラ」とさらなる油を注いでしまう。
じりじり迫られ、あ、駄目だ逃げようと片足を引いたら腕を掴まれた。
「すみませんで済んだら警察いらなくね?ぶつかられた俺の思いはどうしてくれんの?」
し、知らないよ…。
当たってびくともしなかったのに心の方どんだけ脆いんだよ。
なんて全力お兄さんの難しい理屈に思いを馳せてる場合じゃない。
ヤバい、完全にターゲットロックオンだ。
手首に巻き付いた手は全然びくともしなくて、冷や汗か恐怖か血が止まった場所からじわじわ冷たくなっていく。
「何とか言えよ、なぁ?」
ぐっと腕を引かれ近づけられた顔に背筋が震えた時だった。
今度は後ろへ肩をひかれ、背中が何かにぶつかる。
「すんません、離してやってくれません?」
それ俺の連れなんスよ。とすぐ後ろですっかりお馴染みになってきた調子のいい声がした。
自分の肩よりも少し高い位置から伸びた腕がお兄さんの腕を掴んだと思ったら、跳ねるように震えた手はあっさりとあたしの腕を解放した。
「ッてぇな!何しやがんだテメェ!!元はと言えばそっちの女からぶつかってきたんだからな!」
「あれ、そんな力入れたつもり無かったんスけど」
痛かったです?とへらへらして少しも悪びれていなさそうな声が応える。
振り向いた先には切原がいて、目が合うと見下ろしてくるその目を細めた。
じゃ、こいつ貰って行くんでと一見機嫌が良さそうに笑う切原の腕に促されるまま歩き出す。
待てよだかなんだか、声がしたけれど聞き取れなかった。
振り返る切原の口元は笑ってるけど目の奥が笑ってない。
出た…悪魔の笑み。
あの刃物みたいな目を向けられた途端、背後が静まり返った。
やっぱ普通の人でも怖いんじゃんこれ。
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