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暴君とスイーツ


そう、時々忘れそうになるけれどテニス部にだってまともな人はいるのだ。ジャッカル君然り、柳生然り、真田は…ちょっと微妙なラインだけど。

そう、皆が皆こうじゃない。こうじゃないんだ…。




今日も騒がしいテニス部の中に紛れていたあたしは黙々とお弁当を片づける。

今日は四人、切原と丸井にジャッカル君。
最近の発見的なことを切原がにこにことジャッカル君に語っている。その横で早々にパンを食べ終えた丸井がガサガサと袋の中からお菓子を引っ張り出した。
いつもいつも、何かしら甘いものを持参してくるのはある意味すごい。女の子にもなかなかいないレベルの甘党だ。
しかもよくよく観察していると明らかに市販よりも女子からの差し入れ率が高い。

あー、すごい。こわい。

本当、世界が違うなんて感心するあたしの前で、丸井は包みを閉じていた可愛いリボンを解いている。


「へー、今日はクッキーなんだ」

「へへ、いーだろ」


そう答える顔は物凄く嬉しそう。
それだけなら百歩くらい譲れば可愛いと思わなくもないのに「やらねーけどな」との可愛くない一言がついて来る。

だけどそんなのもう慣れっこだ。


「いーもんあたしは今日これ持って来てるし」


お弁当用のトートから昨日コンビニで見つけたバームクーヘンを取り出す。
毎回美味しそうなお菓子を見せつけられるだけなんて、食べ盛りの中学生には耐えがたい。食べすぎ注意だけど、たまには甘いものだって。


「お、うまそうじゃん」


そんな台詞と共にあたしの手から消失したそれは予想に違わず丸井の手の中にある。


「ちょっと!?」


伸ばした手を軽くかわし、大きな目がにんまりと細くなった。


「甘いものは俺のものだろぃ」


な、何このジャイアン思考!


「あんたにはそれがあるじゃない!…って、え?」


今まさに指さそうとしたクッキーが目の前に差し出された。


「ん」


いやいやいや、ん、じゃないから。さっきやらねぇとか言ったくせに。
しかもどう見たって“はい、あーん”のポーズだ。
激しく首を振って拒否れば丸井が眉を寄せた。


「良いから口開けろよ、ほら」

「…自分で食べる」

「却下ー」

「………」


睨み合いの末、根負けしてしぶしぶ口を開けた。

開けた。

開けた。のに。

口を閉じようとした絶妙のタイミングでUターンし、クッキーは丸井の口に消えた。


「ん?めちゃくちゃ不細工な顔になってんぞ」


いや分かってた、分かってたけど。
もちろんバームクーヘンがあたしの所へ帰って来ることもなかった。


栗原茜15歳。
好きなものはチョコレート。嫌いなものは、丸井です。




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