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ぴしりと固まった身体と裏腹に、頭の中では色々な事がぐるぐると回る。
格好、性格、髪形、それとも頭…と候補が次々と浮かび上がる。
だけど予想を完全に上回り、切原は「何かあった?」と気遣いにしか聞こえないことを口にした。驚いて三回ぐらい聞き返したら、露骨に面倒くせーなこいつみたいな顔をしたので、とりあえず熱がある訳じゃなさそうと額に浮かんだ変な汗を拭う。
その間も切原は遠慮も何もなくガン見してくる。恥ずかしいとかないんだろうか。どうしていいか分からずに視線が泳いでしまう。
「…何かって」
「いつもに増して顔が辛気臭い」
わ、悪かったな…!
それってどんな顔だよとかいつもって嘘でしょとか色々思う所はあったけれど、言葉にするだけの気力は無かった。
自分でもいつもの勢いがないのは分かってる。
心の中に靄がかかったみたいになって、なんだか気持ちが迷子だ。
「別に…何も無いし、テニス部といるのが嫌だったとかでもないから」
「ふーん」
納得したのかしていないのか感情の籠らない返事をして、切原がブランコから飛び降りた。
「じゃあ、そんな栗原センパイは何にへこんでるんスか?」
「………っ」
あたしの真ん前までやって来て見下ろしてくるその顔はどこか挑発的だ。やっぱり、生意気。
そんなの、あんたが気にするようなことじゃないのに。
勝手に巻き込んで、どうなろうと知ったこっちゃないって顔して、完全に自分のペースで好き勝手言って、横暴かって突っ込みたくなるような事ばっかりで。気を回すとかそんなタイプじゃないくせに。
言うようなことじゃないんだよ。ちょっと嫌なこと思い出して、そしたら急に不安になって。全部勝手にやってることだから。
ねぇ、切原。
「なんであたしだったの…?」
自分で言うのもなんだけど取り柄とかないし、そもそも人づき合いとかそんなに得意じゃないっていうか…。それこそもっとこういうのに向いてそうな人なんていっぱいいるのに。
「………仁王先輩の一押しだったんだよあんた」
「仁王が?」
「正直なんであんたみたいな奴って思ったけどね。地味だし、可愛げねーし、いっつも回り気にしててイライラするし」
「わ、悪かったわね…」
ドストレートな言葉がぐさぐさくる。
ふ、ふーん、そんなこと思ってたんだ。ぐぅの音も出ない程その通りなんだけど。地味なんてもう何回言われたか分かんないし…。
「最初はまさか事態引っかき回して面白がってんのかなって疑ったけど、そんな風でも無いし…」
伸ばされた手が同じ鎖を握る。不覚にも心臓が一つ大きな脈を打った。
「なぁ、あんたって何?何であんただったの?」
じっと見下ろしてくる切原はあたしが答えを持ってるとでも思ってるんだろうか。
そんなに見られても差し出せる情報なんて一つもない。
この間まで話したこともなかったし、そもそも面識だってなかった。なのに切原と関わる前から仁王はあたしを知ってて、あまつさえ切原に教えたの?
「………」
「………」
「ま、あんたが知る訳ないか」
「…同じ質問先にしたよね」
正面切って向かい合って何してんだか…。どうも切原とは不毛なやり取りばっかしてるような気がしてきた。
いつもこうだ。お互いどっか抜けてて、馬鹿なんじゃないのって言い合って…。
溜め息を吐きつつ見上げた切原の顔。実は割と端正な造りのそれが公園の外灯に照らし出されている。
なんだかんだ言ってこいつも女子からキャーキャー言われるだけのことはあるのだ。口を開いてからはどうか知らないけど。
「…切原、まつ毛長いね」
髪とは対照的にまっすぐ伸びたまつ毛の間から街灯の白い明りが透ける。
「…なんだよ急に」
ふと目にしたまんまを口に出したら、切原がふいっとそっぽを向いた。
おや?
まさかまさか。そんな馬鹿なと思いつつ、身を乗り出し逸らされた顔を覗き込む。けれどその顔を確認する前に押しのけられた。
「切原、照れてる?」
「はぁ?俺が、何」
取り繕ったようにぶっきらぼうな声でそう言う。
でもちょっと耳が赤いし、頑としてこちらを向こうとはしない。
あの悪魔が、照れてる。
うちの弟も照れた時にこれとまったく同じことをする。最近めっきり可愛げのなくなった弟の、唯一可愛いと思える部分だ。
その上駅前での男女交際についての一件を思い返せば、見られる度にちょっとだけ怖かった切れ長の鋭い目も、どことなく愛嬌がある気がしてくる。
「何笑ってんだよ」
「ふふふー」
なんだなんだ、切原だって横暴で怖いばっかりでもないんだ。
うわー歳下っぽい、後輩っぽい。死ぬほど偉そうで生意気で礼儀知らずでも、
「可愛いとこあるじゃん」
言ったら手で口元を隠しながら思いっきり眉を顰められた。
「…あんたって、結構ウゼェな」
「………」
「………」
「う、うざくないし…なんですぐそういうこと言っちゃうかな赤也くんは」
「…うっぜ」
言葉と裏腹にくっと喉で笑いをかみ殺した切原が視界から消えた。
「え…、うわっ!?」
座っていたブランコが大きく揺れたかと思うと、ぐっと前に押し出される。かと思えば後ろに引かれ胃の辺りが縮み上がった。
耳元で風が鳴る。それに加えて頭上から降ってくる笑い声とお尻の両側には運動靴。
「き、切原!?ま、待って怖い怖い!死ぬ!!」
縋れる物も無く振り落とされないよう必死に鎖を握り締める。
あ、悪魔…!ほんと悪魔!!
一瞬でもヤツを可愛いとか思ってしまった自分を殴り飛ばしたい。
半泣きで喚きながら上を見ると、立ち漕ぎの勢いを一切緩めようとしない切原がこっちを覗き込んで満足気に笑った。
「落ちんなよ!」
「無理!!」
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