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思いきったひと声に四方に散りかけていたメンバーが足を止めた。


「…ちょっと訊きたいんだけど、あたしは何でここにいるの?特に必要性も感じないんだけど、用があって呼ばれたんじゃないの?」


いつまで経っても何の説明もない。これじゃ普通に一緒に下校してドーナツを食べてるだけだ。ひやひやさせられるだけさせられてすんなり家に帰される。これは一体何。
何言ってんだよとばかりに片眉を上げて答えてくれたのは切原だ。


「だって帰りって一緒に帰るもんだろ?」


至極当たり前のように言われ頭の上に?マークが飛び交う。
帰りは一緒に?それは部活仲間とってこと?それは仲が良くてなにより、ってそもそもあたしは部活とは関係もないし。ならなんだ?切原にとって今あたしは、嘘の…


「…え?彼女…と?」


自分と切原を交互に指しながら訊くと、相手は迷いもなく頷いた。


「なんか…違くない?二人でならわかるけど」


彼女としての事を言ってるんだとしたら、皆で寄り道する関係って。人によってはありだろうけど、にしたって皆同時に解散はない。それはただの友達だ、遊び仲間だ。それぐらいは経験値の少ないあたしにだってかろうじて分かる。のに。
テニス部達がいっせいに目の前で猫に魚をかっさらわれでもしたような顔になった。


「そうなのか!?」
「そ、そうなんじゃないか?よく考えたらカップルってだいたい二人で歩いてるよな」
「マジっスか!?っつうかよく考えなくてもそうじゃないっスか!?」
「うーわ誰だよ皆でドーナツ食いに行けばいいなんて言ったヤツ!」
「それ丸井先輩っスよ!俺はてっきりその方がいいのかと思って」
「っお、俺はだなー、柳生が皆一緒に帰ればいいって言ったから…」
「私は皆で、とは一言も言いませんでしたよ丸井君」
「ブン太…」
「あーもうっ!誰も反対しなかったんだから皆同罪だろぃ!!」


本気かテニス部…。

嘘みたいに動揺する一同を遠巻きに見つめるあたしの横で、傍観している男がもう一人。


「…仁王、分かってて止めなかったよね」

「さて、なんのことじゃろ」


この様子を見ていると恐ろしい考えがふつふつと湧いてきた。まさかとは思うがこの人たち、お弁当作戦の前に次々上がった嫌がらせとしか思えない案の数々も本気で言ってたんだろうか。

駅前は帰路を急ぐ人々で溢れていて、店の前で騒いでいる学生に注意を向ける人も少ないが、時折目敏いお姉さま方がやはりこちらを気にしながら過ぎ去って行ったりする。やだ可愛い子達、とついテニス部の上で止まってしまう視線が彼女たちの心理を露骨に映し出しているけれど、当の本人達は簡単なはずの男女交際の第一歩についてじゃあどうするだの作戦変更だのとあーだこーだ言っている。


「っていうか、つき合うって何だと思ってるわけ…」


ぽそりと呟いた言葉が聞こえたのか丸井がくるりとこちらを振り返った。何故か視線を逸らしつつ頬を赤らめる。


「そりゃあ…」

「や、いい。やっぱ言わなくていい」


感じた嫌な予感に、すかさず丸井に待ったをかける。けれどニヤつきながらそいつは腕を肩に回してきた。


「なんだよ言わせろよー。俺の口から聞きたかったんじゃねぇのー?」

「まったく!全然!」

「丸井君、品が無いですよ」


柳生に注意され、あたしに腕を払われても、丸井はしつこく絡む事をやめない。酔っ払ったおっさんかあんたは。


「いちゃつく相手が違うぜよ」

「いちゃついてません!!!」


そして仁王が言う所の、設定上はいちゃつく相手であるはずの切原はあたしの事などどうでもよさげだ。やる気あるんだかないんだか。こんな調子だとそう遠くないうちにボロが出そうだ。いや、現状出しまくってるか。


「正直、付き合うっても友達ん時と何が違うのかさっぱりッスもんね」

「同感。アレ意外やることあんまかわんねーしな」

「アレってなんスか丸井先輩」

「そりゃもちろん決まってんだろアレだよ、ア・レ」


ワザとらしく半笑いでひそひそしだす二人。イラついたのでもうすっぱり無視して話を戻すことにした。


「つき合ってますって事にするだけなんだから、別に特別なこととかしなくていいんでしょ?ならまず彼女いる人の意見参考にすればいいじゃない。今彼女持ちなのって?」


下手したら殆ど全員の手が上がるんじゃないかと思ったあたしの予想とは裏腹に、皆お互いに目配せしあっただけで誰も手を上げようとしない。

何この空気…。き、訊き方が悪かったかな。

場が水を打ったように静まり返る中、あたしはおずおずと片手を上げた。


「か、彼女いる人―…挙手」


しかし状況は変わらず、どの手も地面に向けて垂れ下がるかラケットの入ったでかい鞄にかけられたままだ。


「な、何で誰一人手上げないの?天下のテニス部でしょ、よりどりみどりモッテモッテじゃないの…?」


信じられない。禁止条例でも敷かれているんだろうか。あり得る、なんせ超堅物の真田がいるし。もしくは、あんなアイドル的扱いを受けていても意外と学園生活自体は普通のものなのか。

あー…まぁなんというか、と頭をかくジャッカル。柳生は苦笑し、切原も憮然とした顔をする。

っていうか、仁王彼女いたじゃん!

渡り廊下での一件を思い出し目で訴えるも、仁王はしれっとそっぽを向いている。


「天下のテニス部も、俺が天才的でめ〜っちゃくちゃかっこいいってとこも認めてやるけどさ」

「…かっこいいとかは言ってないです」


本当の本当に、ドーナツを食べてただけだった…?ずっと得体の知れない恐怖と、いつ敵意の視線に晒されるかという危機感で緊張し通しだったのが馬鹿みたいだ。


「天才的でめ〜っちゃくちゃかっこよくてキャー素敵惚れちゃいそーってとこまでは認めてやるけどよー」


あたしの顔を鷲掴みながら、オプションまでついた自画自賛をゆっくり言い聞かせるように口にした丸井だったけど、


「…ま、そういうことなんだよ」


そう言って最後に手の甲であたしの額を小突いたその顔は、どことなく浮かないものに見えた。
その意味を考える間もなく、肩に誰かの手の感触を感じて振り向いた。


「仁王?」

「そういや訊き忘れとったんじゃが、お前さん一年の時のグループにテニス部ファンはおったか?」

「―――え…?」


ぎゅっと、胸の辺りが掴まれたみたいになった。
あれ?あたし仁王にその話したっけ…。
口の端に引き攣りを感じながら無理矢理な笑みを作る。


「テニス部の?どうだろ。いなかったんじゃないかな」

「ならいいナリ」


どうしてそんなこと訊いたの?
そう訊きたかったけれど。喉元まで出かかったその言葉が声になる事は無かった。


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