2 『放課後図書室で待て』 句読点も何もない本当に用件だけのメールがきていた。 開いていたケータイをパチンと閉じる。よし、帰ろう。そう決めた瞬間を見計らったかのようにもう一通。 『逃げたらばら撒く』 との脅迫文が届いた。 あまりにも良すぎるタイミングに、恐ろしくなってきょろきょろと辺りを見回す。切原らしき人影はない。悪魔にはなんだってお見通しなんだろうか。 図書室で過ごす時間は平和以外の何物でもない。 穏やかな空気。紙の臭いと窓から差し込む日暮れの気配。 委員会の仕事を終えてからは、せめて待ち時間を有効に使おうといつもの席について本を広げた。戦々恐々としていても仕方がない。 だが結局は目が字の上を滑って行くばかりで内容は一向に頭に入ってこず、あたしは諦めてページをめくるのをやめた。 少しでも気が紛れればと思ったけれど、所詮は無駄な抵抗だったようだ。 窓の外を見やれば、西日に染まるグラウンドにトラックを走るテニス部の姿があった。 たった二週間。 この僅かな間で、レギュラー陣半分以上の名前が分かるようになってしまった。恵理子の話を聞く都度きれいさっぱり忘れ去っていた頃からすると物凄い進歩だ。 テニス部を見に来ているのか、グラウンドの隅っこにはところどころに色めき立つ女子の集団が確認できる。 遠いなぁ、と思う。遠くて大いに結構なのだが。どうしてそんな人達と関わったりしているのか。本当ならきっと話すことなんてなかった。クラスメイトの柳生や真田とだって、話した事はそれほど多くない。色々な事が様変わりして、頭がショートしそうだ。 そして変わったことと言えばもう一つ。 夜、寝つきが異様に良くなった。枕を抱いたまま夜明けを迎えることもあったのが嘘のように、目を閉じて十秒も待たずに落ちて気がつけば朝になっている。 気疲れを起こすからなのか、あまりにも眠れる為必然的に朝が早くなった。そんなあたしを見た母が最近学校楽しいの?と訊いてきた程だ。何も言えずに酷い仏頂面を返した。 そんな変化の一因であろうレギュラー陣は、皆至極真剣な顔で走っている。いつものふざけてる顔とは違う顔。 あの切原でさえも少しかっこよく… とそこまで考えてぶんぶんと首を振った。いやいやおかしい、今のはちょっと何か間違えた。 あたしがそんなことをしているうちに、丸井が切原の横で並走しだしたかと思うと何やら話しかけ、そのうち小突き合いを始めた。先頭を走っていた真田がそれに気付きたるんどるとの怒声が飛ぶ。その横を他のメンバーがが茶化しながら追いこしていく。 わいわいと騒ぐ声がここまで聞こえてきそうだ。 その様子は同級生達がじゃれあっているのとなんら変わりない。 やっぱりさっきのは夕日マジックだったと自嘲するが、だからといって気は緩めないよう自身に言い聞かせる。 不安はずっと感じている。いつだって身の程知らずが一番痛い目を見るのだ。今回の件、嫌々巻きこまれたとはいえ自分の身の丈を見誤れば終わりだ。 あたしはあっち側じゃない。 時計を見ると、もうじき図書室が閉まる時間だった。 待てって、いつまで待てばいいんだと思いつつ、再びグラウンドに視線を投げた。 [back][next] |