墨色のページ
「窓から飛び降りたんだって」
「は!?え、何が!?」
自分のことかと思わず立ち上がるほどの勢いで反応したあたしに、恵理子と千春が揃って目を丸くした。
ハッとなって何事もなかったように座り直す。ちょっとびっくりしすぎた。
究極に眠い午後の授業。だけどその合間にある休み時間に、さっきまでマックスだったはずの眠気も吹き飛んでしまう話題が降ってきた。
「何がって、赤也くんよ赤也くん」
耳慣れない呼び方に一瞬固まったものの、すぐに切原のことだと気がつく。
「ここの廊下の突き当たりに窓があるじゃない?昼休みにそこから飛び降りたらしいわよ」
「ふーん」
「へ、へー…」
恵理子が知っているという事は、やつの奇行は瞬く間に校内に広がっているらしい。誰がどこで何をしたってのが秒速で伝わるんだろうか。恐るべしテニス部ファンネットワーク。
「でもその子って確か二年じゃなかったっけ?」
「そうなのよ。なんでわざわざ三階にまで来てそんなことしたのかって話なワケ。なんか後を追って女子が飛び出していったなんて話もあるんだけど、誰だったかはっきり見たって人もいないのよね」
「そ…そうなんだ…」
「この前から噂になってる赤也くんの彼女じゃないのーなんて話もあるんだけど」
「!!」
大きな音をたててあたしの筆箱が床へと落ちた。
「ちょっと、なにやってんのよもー」
「あはは…ごめんごめん」
誤魔化すように笑いながら散らばった中身を拾い集める。思わず動揺してしまった。
この崖っぷちに立たされてる感がもう…。
「もしくは赤也くんを狙うストーカーか」
「!?」
もう一度ペンやら消しゴムやらをぶちまけたあたしに恵理子の怪訝な視線が刺さる。
どっちにしても果てしなく嫌だ。いつかファンに殺される。
まぁ、なんにしても正気の沙汰じゃないよね、と千春が辛辣な感想を述べ、なんだか泣きたくなってきたところで、ポケットのケータイが震えた。一回。メールだ。手を伸ばしかけてやめる。なんとなく嫌な予感がした。
全てを筆箱へ納め直して顔をあげる。拾ってくれていたらしいシャーペンを差し出しながら恵理子が言った。
「あ、そうだ。帰りに千春とお茶して帰ろ―って言ってるんだけど一緒に行く?」
「…え、…ううん。あたしはやめとく。…委員もあるし」
「えーまたぁ?ほんっと付き合い悪いわよあんた」
口を尖らせる恵理子を宥め一瞬何か言いたげにこっちを見た千春に、あたしは苦く笑い返すしかなかった。
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