飛び込んできた色は、黒
静かに、静かに時間は過ぎる。
退屈な授業に、長い昼休み。最後は図書室に入り浸って。
今日もいつも通りの平和な一日が過ぎてゆくのだと思っていた。思っていたのに。
それは突然に現れた。
「よお」
手前から三つ目の窓際の席。いつもあたしが座っている、めったに人が来ないはずのその場所には既に先客がいた。昨日見たあの瞳が今度は間違いなく自分に向けられている。
え、と…。確かそこはあたしの場所で、この子はたぶん真田の後輩で…。じゃなくて、なんで昨日の男子がここに?
「キリハラアカヤ」
「へ?」
おもむろにその男子が言葉を発した。あたしは彼が悪魔か何かで、この平穏な日常をぶち壊すような呪文を唱えたのだと思った。
目を丸くして立ちつくしていたあたしに首を傾げ、ピシ、と指を立てて彼は言う。
「だから、切原っスよ。き・り・は・ら。」
まっ黒な癖っ毛が目の前で揺れる。
「………」
「おーい、聞いてる?」
「…きっ、聞いてる!聞こえてる!」
名前だったのか…。
一瞬呪いか何かかと思った。
なおも立ちつくしていると、畳み掛けるようにして彼は続けた。
「じゃあ改めてもいっかい。2年D組6番、切原赤也。好きなもんはゲーセンと焼き肉。よろしく」
焼き肉…。聞いてもいないのに切原についての予備知識が増えた。
「返事は?」
「返事?」
「そ。俺はあんたによろしくって言いました。そしたら返す言葉は一つでしょ」
「え、ええと…よろしく?」
「おう、よろしく!」
にっ、と切原はとても無邪気な、子供のような笑顔を見せた。
な、なんだ?意味が分からない。
突然に現れたこの人物に、ただただ困惑する。
「よし、じゃあこれであんたと俺は友達だ。で、あんたの名前は?」
「は?」
おいおい、自己紹介しただけでもう友達ってどこの幼児番組だ。生憎そんな素直な感性持ち合わせてませんけど。
何で突然に絡まれてるんだろ。この人何?危ない人?
あ、ていうかあれだ。さっきから見る度に何か思い出すなーって思ってたら、
「ワカメに似てる」
「あぁ?」
がっと胸倉を掴まれた。
やばい、ヤンキーだ。この人かかわっちゃいけない人だ。
優等生ではないけれど悪い子ってわけでもない。
至って普通の生徒なあたしは、人生初の状況にだらだらと冷や汗を流す。
「いいから名前教えろって」
さっきの笑顔とはうって変わり、よく切れる刃物みたいな目で凄まれた。
なぜワカメでそこまで怒る。そうは思ったけど、女子の胸倉掴みあげちゃう辺りちょっと常識が欠けていそうなこの人に、こういう時の常套句を言ってやった。
「人に名前を聞くときはまず自分からって教わらなかった?」
「さっき言ったろ」
そうでした。
なんとなく、冷やかな視線をもらった気がした。
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