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アスレチックゴールド
 

翌日の昼休み、切原の言いつけ通りあたしは授業終了のチャイムが鳴るなり、すぐさまスカートのポケットに千円を押し込み教室を出た。

クラスを知られてしまった今、教室に切原が顔を出すことだけは避けなければいけない。絵里子を筆頭に、うちのクラスにも少なからずテニス部のファンはいるからだ。
ほんっとうに、面倒すぎる程にテニス部の人気は高い。
もちろん事前に絵里子達には食堂に行くと告げてある。抜かりはない。

まだチャイムが鳴ったばかりという事もあって、廊下に人は疎らだった。

切原はどこから来るんだろう。二年の教室は二階にしかないから、間違いなく階段を上がって来るはずと当たりをつけて一番近い階段まで行ってみることにする。昨日切原も言っていた通り、A組は廊下の一番端っこにあるので、その階段からクラスまでの間は他に行きようがない。つまりすれ違う心配はない。
切原を見つけたら、たまたま近くを歩いてますって顔してそのまま後について行けば良い。

その時、目指していた階段から何かが飛び出してきた。
それは人が少ないことをいいことに廊下をものすごい勢いで爆走してくる。

今日も癖っ毛全開の黒髪。
見間違えるはずもない。


何あいつっ何目立ってんの!?

ひっと背中を向けそうになったあたしに向かって、切原が指をさす。いや違う、指はあたしを通り過ぎてもっと奥を指してる。

何?あっち?走れってこと?

そうは言ってもこの先は廊下の突き当たりで、窓とあたしの教室しかない。
もたもたしているとちょっとイラついた様子で切原がまたそっちを指すので、あたしは迷いながら走りだした。
リレーのバトンを受け渡す時のように、振り返りつつ走っていると切原が追いついてくる。
「しっかりついてこいよ」
そう言って軽々あたしを追い抜いて行った切原は窓枠に足をかけたかと思うとそのまま全開になっていた窓の外へ飛び出した。
えええええええ!?ちょっとここ三階!
もちろんついて行くことなんて出来ずに青ざめて下を覗きこむ。そこではちゃんと生きた切原がいてこっちに向かって手招きしていた。

魔術…ではもちろんない。
二階にある校舎同士をつなぐ渡り廊下の屋根の上に切原は立っていた。うちの校舎は三階にだけ渡り廊下がなく、知らなかったけどこの窓から二階渡り廊下の屋根に降りることができるらしい。


「待って、どこ行く気!?」


てっきり普通に近道があるんだと思っていた。こういった危ないのじゃなくて。
丁度人一人分ぐらいの高さ。そんなに高くはないけど、屋根から落ちたら怪我どころじゃ、


「来いよ!早く!」


悪魔が呼んでいる…。そうとしか思えなかった。
だけどハッと廊下を振り返れば何事かと何人かがこちらを気にしている気配。

やばい、注目されてる!?

退くこともできずに、おたおたと窓枠を乗り越える。

これはジャングルジム、ジャングルジムッ…!

窓に腰掛けた形から思いきって飛ぶ。なんとか足を捻る事も無く着地はできたけど、あたしは遥か下に思える地面に息を呑んだ。
なんてったって今いるのは手すりも何もない二階屋根の上だ。平らだしコンクリートだからわりと安定するけど、怖いなんてもんじゃない。


「よし、行くぞ!」

「ま、待って!」


楽しそうに再び駆け出した切原の後に続く。とてもじゃないけど軽快に走ることなんてできずに、足を引きずるような早歩きになる。
何度も言うが、なんのセーフティもない高所。強い風でも吹けば落ちてしまいそう。本当なら這いつくばって進みたいぐらいだ。
情けなくも、いや当たり前だけど足は震えていた。

別に高い所は苦手じゃない。


「でも好きでもないんだってば」


苦手じゃないのはあくまでも身の安全が保障された状態での話だ。
こんなところからヤツは一体どうやって降りるつもりなのか。

その疑問はすぐに解消された。
切原の姿が消えたと思ったら、また下から声がする。あたしの目が捉えたのは、体育用具入れの上で手を振る切原の姿だった。また跳び降りろってことらしいけど


「……ちょっと…冗談」


遠い。

用具入れはちょうど二階と同じぐらいの高さ。結構な高さがある。それだけでも十分怖いのに、用具入れと渡り廊下の間には丁度人が二人収まるぐらいの隙間があった。


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