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「ちょっと待って。あんた何しに来たの」

「ふふん、見て驚くなよ」


訝るあたしの目の前に、ジャッジャーンと口で効果音をつけてそいつは何かを取り出した。
…お菓子だ。
どこにどう驚けというのか。箱を見る限りそれはイチゴのポッキーだ。
いや、何しに来たの答えがポッキーっておかしいでしょ。
首を傾げるあたしに、そいつは信じられないという顔をした。


「お前、まさかこれがなにか分かんねーんじゃねえだろうな」

「いや、何かは分かるけど」

「いーや分かってねえ!その間抜けな面は絶対わかってねえな!」


中の袋を開けて取りだした可愛らしいピンク色のポッキーをあたしの目の前に突きつけ、そいつは得意げに胸を張る。


「いいか。これはな、なんと今日発売の期間限定新作ポッキーだ!」

「はぁ」

「なんだよその気の抜ける返事は。出たばっかだぞ!たぶんこの学校にいる誰もがまだ食ったことのないポッキー、つまり未知…そう、未知を俺は今食おうとしてるんだ!」


呆れるあたしを余所に、口を挟む隙もないほど熱くお菓子を語ってる。


「悪いな。こいつ甘いものに目がなくて」


ほら、この人もちょっと呆れ気味だし。
なんなんだテニス部。皆個性的すぎるというか…変なの多くない?


「お菓子ひとつで何を大げさな…」

「いっただきい!」

「………。ちょ、あたしのミートボール!」


弁当箱から摘まみ出された何か。一瞬の反応の遅れが運命の分かれ目だった。
奪われたと気付いた時には、すでにミートボールはそいつの口に吸い込まれていった後だった。


「菓子を馬鹿にするやつにこれを食う資格はねぇよ!」

「馬鹿にしてないし!っていうかミートボールは関係ないじゃない!」


言いがかりだ。とんだ言いがかりだ。


「楽しみに最後までとってたのに!」

「はぁ?最後は甘いもんに決まってんだろぃ!」

「そんなのあたしの勝手でしょ!返してよバカぁ!!」


しんっじらんない。ようは食い意地が張ってるだけじゃないのこのリンゴ野郎。
勘弁ならないとばかりに掴みかかると、色黒の人が慌てて止めに入ってくる。
離して!あいつに、あいつに食い物の恨みを思い知らせてやる!あのポッキーを食ってやる!
振り回した腕がリンゴ頭に届きそうになったその時、ふいにのんびりした声が割って入った。


「おや、皆さんお揃いですね」

「あれ、柳生先輩。と仁王先輩も」


仁王が片手を上げて応じる。
どうやら柳生と仁王も、先に来た二人と同じく興味本位で覗きに来たようだ。
ってか結局皆集まってきてるってどういうことよ。


「まーたブン太はお菓子食っとるんか」

「へへ、いーだろ。朝一で買ってきたんだぜぃ」

「しかもわざわざ俺を叩き起こしてな」

「ジャッカル先輩も大変っスね」

「いーんだよジャッカルは!な!」

「…まぁ別にいいけどよ」


いいんだ…。
そういえばこの人ジャッカルって呼ばれてるけど、それってあだ名なのか。まさか本名?
悩むあたしを余所に集まったテニス部の面々はわきあいあいと話しだす。
部室とか、いつもこんな感じなのかな。
なんだか居心地の悪さを感じて少し離れようとしたところ、


「栗原さん」


呼ばれて上げた視線の先には柳生がいた。
さっきも見た紳士的な笑みで柳生はあたしの横へ座った。


「どうにも気になってしまって」


切原君をよろしく発言といい、お母さんかあんたは。


「あまり心配するのもと思ったんですが、皆も気にしていたようですね」

「…みたいだね」


半分ぐらい面白がってそうな気もするけどね。
思ったんだけど、この面子はテニス部レギュラーほぼ勢揃いなんじゃないの?何人いるのか数えたことはないけど。


「でもこれだと、たぶん意味ないよね」

「そうですか?」


だって、傍から見たらただ皆で仲良くお昼食べてるだけだし…って
ひいっ!!じょ…女子の皆さんがこっちを見ていらっしゃる…!
気付けば校舎の窓にはずらりと凄い数のギャラリーが。嬉しそうにきゃあきゃあと騒いでいる子もいるけれど、


「何してんだお前?」
「身の安全を確保してるの!」


団子虫を目指しているのかと思うほど必死に背中を丸めて、そそくさと空になったお弁当箱を包む。


「じゃ、あたし教室に戻るから」


長居は無用だ。
立ちあがったあたしに、切原は返事の代わりに軽く手を上げた。


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