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「ねぇ…すっごく恥ずかしいんだけど」
中庭の大きな木の下。あたしはタコさんウインナーの頭を噛みちぎり、切原は購買で買ってきたらしいクリームパンをもそもそと口に運びながら、お互いニコリともせずに顔を見合わせた。
「そのうち慣れるって」
「慣れたくもないけど」
「つか、それぐらい一口で食ったら?」
「うるさいなぁ。あたしの勝手でしょ」
しれっとした顔の切原にぶつくさ文句を言いながら残ったもう半分のタコを口に入れた。
とりあえず、仲が良いことをみせつけるためにも、一緒にいないことには始まらない。
ある程度予想はしていたが、それが昨日の会議の果てに導き出された結論だった。
ちらりと背後にそびえる校舎を振り返れば、こちらを見ていた何人かと目が合いそうになって、慌てて特別教室側の校舎に向き直る。
こっちの方はすぐ前が理科室なため昼休みに人が残っていることはそうそうないし、何より廊下側に面した背後の校舎とは通る人の数に雲泥の差がある。
取りあえず彼女がいるというアピールさえできれば顔をわざわざバラさなくてもいいでしょうがと切原を説き伏せ、この向きだけは死守することに成功した。
それでも時折校舎の中を通り過ぎて行く人たちから向けられる好奇の眼差しが丸めた背中に突き刺さる。毎日のようにに大観衆の見守る中で平然とテニスをしている切原と違って、あたしはこんなに見られ続けたらまずもたない。確実に穴が開く。しかも全然食べた気がしない。
それに、こんなとこをもし恵理子や千春に知られたら。
どうしよう、なんて言い訳しよう。
落ち着きなく辺りを見回す私に切原が視線だけをこちらに寄越した。
睨まれている気がして居心地は悪いが、まぁあたしのせいなので文句は言わない。
「そんな気になるもん?」
「ならない方がどうかしてるの。だってここでこうやってお弁当食べてるだけで、あたしとあんたは付き合ってるのか、そうじゃなくてもただならない関係なんだってあの廊下を通っていく大多数に認識されるんだから!あぁもう考えただけで気分が沈む!」
人が廊下を通り過ぎていく度に、あたしは今生きていられることを神に感謝する。
だってこんなとこ、いつ凶器を持ったテニス部信者が駆け込んでくるかわかったもんじゃない。校舎の入り口を押さえられてしまえば逃げ場もないし、いざという時に隣の悪魔が守ってくれるなんて到底思えない。
「だって、ただならぬ関係だろ」
にやりと切原が笑う。
「あー、そうですね!脅迫なんてただならないことこの上ないですよね!」
「何とでも言え。オーケーしたのはあんただからな」
「させた、の間違いでしょ」
そう、のってしまったのだ。悪魔の誘いに。
けれど、あたしが抵抗をやめたのには実はもう一つ理由がある。
その理由というのが、この切原が受けた被害に多少なりとも同情したからだ。付け込まれそうなので本人には死んでも言わないが。
昨日切原から聞かされた身の上話――というか被害状況――は、それはそれは悲惨なもので。断固として断り続けるつもりでいたヤツの頼みを泣く泣く受けてしまった。
無理もない。だってその切原が受けた被害というのがもはや半ストーカーの域で。シャーペンやその他私物の盗難はまだ可愛いもの、何度か告白を断っているうちに周囲に自分たちは付き合っていると公言されたり、酷いものでは人気のない場所で押し倒されそうになったこともあるなんて話を目にうっすら涙まで浮かべて延々聞かされれば、断るなんてできなかった。
何より、その涙ながらに語っている張本人が、あたしの胸倉を掴んで離さないのだ。断れるはずがない。あれはお願いじゃなく脅迫だったと思う。
とりあえずこれは人助け。そう人助けなんだ。だから神様だってこんな善人に酷いことはしないだろう。うんきっとそうに決まってる。そう自分に言い聞かせてなんとか納得を図った。
ガラじゃないけど。むしろあたしが助けて欲しいぐらいだったけど。
押しに押されて渋々頷いた時の切原の喜びようはすさまじく、しばらく記憶に焼き付いて離れそうにない――何せ歓喜のあまり抱きつこうとしてきたほどだ――ちなみに人質(?)になっていたノートは無事にあたしの元へ帰ってきた。あっさり戻って来たことに若干の不安を抱きつつも、戻って来たことについては力いっぱい喜んだ。それはもう涙ぐむほど。
そんなわけで、これで円満解決。大団円。という訳にはもちろん行かず、物語は続く。
ノートが戻ってくる条件をのんだ。つまり彼女役を引き受けてしまったがために、あたしは今こんな場所でこんなヤツと二人っきりの昼休みを過ごしている。
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