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放課後のオレンジ


いつからか、放課後は図書室に入り浸る習慣ができていた。

手前から三つ目の窓際の席。そこがすっかり定位置になり、いつもそこで本を読むか外を眺めるかを繰り返す。

誰にも干渉されないし、干渉もしなくていい。古い紙と埃の匂いに包まれて、時間を忘れてのんびりと過ごせる場所。唯一、胸を張って好きだと言える場所だった。


読み終えたばかりの本を閉じる。椅子を押して立ち上がり、物語が終わったとき特有のわずかな喪失感をかかえながら、ずらりと並ぶ本棚の中に次の本を探した。

毎日来ていれば当然かもしれないが、ここにある小説はもう半分以上、興味がある本はほとんど読んでしまっていて、その他に残っているのは、ほとんどが哲学書や頭が痛くなりそうな小難しい本ばかりだ。

今日はあいにくそんな本を読破してやろうなんて挑戦的な気分でもないので、本を棚にもどすと何も持たずにもとの席へ戻った。

ガラスの向こうには、そろそろ梅雨の時期だというのにそれを微塵も感じさせない青空が広がっている。そんな空の下、グランドではいつものように運動部がランニングや筋トレに励んでいた。


時々、世界から置いてけぼりをくらっている気がする。

こうして高い所から人の動きを観察していると、ふと考えてしまう。
この世界にとってのあたしは一体何で、あたしにとってのこの世界は何なのか。
自分では気づかないうちにイレギュラーな存在になってしまっている気がして、怖くなる。
あたしがいてもいなくても、この世界はきっと正常に動き続ける。

意味はあるんだろうか。ここでこうしてグランドを見下ろしているあたしに、あたしがここに居ることに。


「……あ」


ぼんやりと物思いに耽っていた時、グランドの外周を走る、黄色っぽい橙色のジャージが目に入った。
野球部の汚れた白いユニフォームの前を走るちょっと渋めの色。
あのジャージには見覚えがある。

立海テニス部。

うちの学校でその集団の事を知らない人なんていないだろう。それぐらい有名な、まるでアイドルグループみたいな人達。

いつだったか、同じクラスの真田があのジャージを鞄から引っ張り出しているのを見たことがある。確か、真田はテニス部の副部長をしていると友達から聞いたこともあった。

ちょっとした好奇心から、一定のペースを保って走り続ける橙色の中に彼の姿を探して視線を走らせた。
あのテニス部の一員ということは、とても同い年には見えない真田もそれなりに人気があるのだろうか。
…なんだか妙な感じだ。


「あ…、いた」

帽子を被った見覚えのある横顔が白線にそって動く。彼は教室でみるのと変わらない、気難しい顔で先頭を走っていた。

そういえばあれだけテニス部の噂は耳にしているのに、実際テニス部の練習風景を見たのはこれが初めてかもしれない。
今まで興味を持ったことなんてなかったから。

なんでか真田の姿を目で追っている自分に苦笑しつつ頬杖をついて眺めていると、慌ててグランドの方へと走って来る人影が視界に入った。

どうやら遅れてきたらしいその男子生徒も橙のジャージを着ていて、テニス部の部員なんだと分かる。
その男子に気づいた真田が、走るのをやめて彼に近寄った。

近寄るなり、遠目からでも分かるほどの勢いで真田がその子に怒鳴った。台詞はきっと、いつもの『たるんどる!』に違いない。
窓ガラスを突き抜けて、今にもあの声が聞こえてきそうだ。

やり取りからしておそらく一年か二年生であろうその男子は、どこか怒られ慣れているような態度で真田の長い説教を聞いている。真っ黒でうねうねした寝癖だかなんだか分からない髪が、真田のストレートとはえらく対照的だった。


「…え?」


ふと、その男子が何かに気付いたように上を見上げた。しかもじっとそこを見つめたままだ。

その視線の先にあるものは…、―――あたし?





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