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さらりと仁王がそんなことを言ったのを、あたしの耳は逃さずしっかり捉えていた。
これは、死刑宣告…?
「ま、待って仁王、あたし今までずっと平凡な人生を生きてきたの!今回のこの話、すごく嫌な予感がする!ううん、予感どころかもうこれ自体がなんとも言えない状況なの!」
だって話に聞くテニス部の人気は尋常じゃなくて。そんな人と関わり持っちゃったら、例え嘘だとしてもそんなことになっちゃったりしたら、命が危うい。
熱狂的なファンの方々からしたら、まさにあたしなんか綺麗な花についた悪い虫だもん。害虫だもん。一瞬で叩き潰されちゃうじゃない。
ぷち、としょぼい音をたてて潰される未来の自分を想像すると、目からしょっぱい水が出てくる。
これ見よがしに、ぐし、と袖で目元を拭ってみせた。
いくらなんでも泣けば見逃がしてくれるだろうと思っていた。いわば涙は最終手段だった。
しかし、あたしは肝心な事を失念していた。
「ま、そんなわけだから。しばらくよろしくな!」
ばしばしと両手であたしの肩を叩いて、ヤツはとどめとばかりににぱっと笑顔を咲かせた。
悪魔には、血も涙もなかった。
「ちょっと待って!何でもう決定みたいになってるの!?」
「だってさっき協力するっつったろ」
「言ってない!断じて言ってない!」
必死に首を横に振るがまったく視界に入らないといった様子で、切原は跳ねるように屋上のドアに向かって走って行き、顔いっぱいに上機嫌という文字が見えそうなほどにっこにこの笑顔で振り返った。
「放課後図書室で待ってろ。部活終わったら迎えに行く!」
満面の笑みで呪いの言葉を吐いた切原をのみ込み、重たい鉄の扉は錆びた音をたてて閉じてしまった。
う……うそでしょ…
呆然と立ち尽くすあたしの頬を嫌味なほどに爽やかな風が撫でて行く。
これほど自分の涙が影響力のないものだなんて思わなかった。
女の涙って武器じゃなかったの?
あいつに並みの神経がないのか、それともあたしの涙に水鉄砲並みの威力しかなかったのか…。
しかもあいつ、ノート持っていきやがった…
あまりにも一方的かつ理不尽な決定に力が抜け、へたりとその場に座り込んだ。
いったいあたしにどうなれと。そんな、人の恋路に部外者が首を突っ込むなんて最低じゃないか。しかも協力どころか引き裂く方向で。
「…恋する女の子ってほんとに恐いんだからなー……」
それはテニス部のファンもしかりだ。
半端じゃないよ。可愛らしい反面あれは気の立った猛獣といっても過言じゃないんだぞ。
「まぁ、がんばりんしゃい」
軽い、感情のこもっていない声が上から降ってくる。
「…仁王」
「何じゃ?」
「死んだら呪うから…」
「………」
もしあたしに何かあったら、毎晩二人の枕もとに立ってやる。ずっとずっとねちねち恨みごとを呟いてやる。でもってそのまま寝不足とかになっちゃえばいいんだ。
「プリッ」
「……は?」
「そうそう、バレたら無意味じゃきこの事はくれぐれも内密に頼むぜよ」
謎の言葉を発した仁王に驚いて顔を上げたら、彼はふっと口元に薄い笑みを浮かべ、そんな台詞を残して出て行ってしまった。
後ろを向いたまま、ひらひらと手だけを振って。
澄んだ青空。肌を焼く日差し。
そして誰もいなくなった屋上には、かじりかけのあんパンとあたしが残された。
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