ザ・クラッシャー
「…と、いうわけでな」
「はい?何それちょっと待って」
話が先に進みそうになるのを片手で制した。
このまま話を続けられると置いてけぼりをくってしまいそうな気がしたからだ。とにかく今聞いたことを整理するための時間が必要だと思った。
校舎裏は何気にぽつぽつ人が通るので、場所を変えるためあたし達は屋上に上がっていた。
確かここは立ち入り禁止だったはずなんだけど。と怪訝な顔をするあたしを余所に、いつもしっかり鍵がかけてあるドアを、仁王は自宅の鍵を開けるように慣れた様子で開いて見せた。
なんでここの鍵を彼が持っているのか。それが甚だ疑問である。
そうして屋上のコンクリートの上に座って、あたしはやっと今回の事の発端を聞くことができた。
「ええと、つまりこういうことよね?切原にしつこく付きまとってる子がいて、諦めてくれないからつい彼女がいるなんて嘘ついちゃって。それでどうにも収拾がつかなくなったから彼女のふりをして欲しい、と?」
真面目な顔をして切原が頷く。
なんだか肩すかしをくらった気分であたしは交互に二人の顔を見比べた。
蓋を開けてしまえばこんな話で、あたふたしていた自分が酷くまぬけに思えた。
…いや実際まぬけなんだけども。
でも、話を聞いて一つ思ったことがある。
お腹すいた。
気が抜けたせいか、今モーレツな空腹感があたしを襲っている。
「ていうかさ、わざわざそんな回りくどいことしなくても、」
早く購買に行きたい。早く行かないとパンが売り切れちゃうじゃないか。
「すっぱりあんたと付き合う気はないんだって振っちゃえばいいんじゃないの?」
「それで解決してりゃ苦労してねえよ!」
切原がうあーって頭をかきむしる。あぁ、そんなことしたらもじゃもじゃがさらにもじゃもじゃに…。
見ていられなくて目を逸らすと、かわりに仁王が質問に答えてくれた。
「前に似たようなこと言ったら、逆に迫られて大変な目にあったらしいぜよ」
「へえ…」
そりゃ大変だろうけどさ、どっちみちあたしには協力する気なんてないんだし早く解放してよ。パンが売り切れたらお昼抜きなんだよ。
空腹のため若干虚ろになってきた目で切原をみると、恨みがましい視線とぶつかった。
「簡単に言うなよな。こっちだって相手がまともな女だったら、わざわざあんたにこんなこと頼みにこねーっての」
「ちょ、ちょっと待って。まともな女だったらって、まともじゃないの?」
「まー見てみればわかる」
あえて明言を避ける仁王。
これは……
「やだ」
「ちょっ、」
「やだやだやだ、だってまともじゃないんでしょ。どう考えてもロクなことにならなさそうじゃない絶対嫌!」
だいたい嘘なんて相手の女の子もかわいそうじゃない。諦めが悪いのも、きっとそれだけ本気ってことなんでしょ。そんな真剣さを無下にしちゃうのもどうなわけ。
あたしパス。これはパス。
っていうかこんな事に巻き込まないでよ頼むから。
「そこをなんとか!人助けだと思って」
「ごめん、他あたって」
手を合わせて拝んできた切原にきっぱりと言い放ってあたしは立ち上がった。
生憎これ以上空腹に耐えうるだけの殊勝な精神は持ち合わせていない。
さらばだ悪魔くん。手を合わせて上目づかいをしてみたところで、君じゃあ美形攻撃にゃほど遠かったよ。
ふっと薄笑みを浮かべかっこよく立ち去ろうとしたその瞬間、
ぐう〜。
間抜けな音がよく晴れた空の下に響き渡った。
でどころは、あたしの腹だ…。
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