3 どうやら切原のことを呼んでいるらしい。 他に生徒がいないのをいいことに、小高先生は思いっきり声を張り上げてカウンターからこっちに向かって手を振っている。 どうやらジェスチャーで何か伝えようとしているらしく、うにうにと変な動きをして入口の方を指差すが、あたしたちの位置からだとちょうど柱の陰になっていて、誰が居るのかは見えない。 切原は不思議そうに、椅子の背もたれに体重をかけ、椅子を傾けながら入口の方を見やった。 あまりに無防備なその体勢。切原の意識は今完全にあっちに向いてる。 これ、蹴ったらひっくり返るかな。やっちゃダメかな。 悪魔へのささやかな復讐を想像して、ちょっぴり胸が高鳴った。 「あぁっ!!」 突然の叫びに椅子が大きな音をたてて傾いだかと思うと、それは派手に床へ衝突した。 ええっ、まだ何もしてないのに!? 一瞬自分が超能力に目覚めたのかと錯覚した。 でもあたしがやったわけじゃないかった。切原が自分で椅子を跳ねのけ立ち上がったのだ。 「やっべ、忘れてた…」 急に立ち上がった切原は、隣で驚いて目を丸くしている女の事などもう頭にないようで、椅子を直すと真田がどうとか喚きながら大慌てで走っていく。 当然のごとく、カウンターに座っていた先生からは走るなとのお叱りが飛んだ。 他の生徒がいない朝の図書室は、大声はよくても走ることまで許されているわけではないらしい。 「栗原茜!」 不意に大声で呼ばれたことに驚いて顔をあげると、 「昼休みに校舎裏の木のとこで待ってっから!」 大声で手を振る、ここが図書室だということを完全に失念しているであろう彼は、再び飛んだ先生の怒鳴り声に追われるように図書室からとび出していった。 「…はい?」 昼休み…? 強引に約束を取り付けて行ってしまった。相変わらず私の拒否権は無視らしい。 ていうか何で校舎裏。校舎裏と言えば、有名な告白スポットじゃないか。それをあんな大声で…。もしかして昨日の告白っぽいものは本気だったとか?そんなバカな。 自分が一目惚れされるような容姿じゃないことは15年生きてきて分かりすぎるぐらいよく分かっている。 もしそんなことを言い出す輩がいたとしても、すぐさま眼科へ行く事をお勧めするぐらい。 あまりにも突然のできごとからハッと我に返ると、先生が物凄くニヤついてこっちを見ていた。 よくない気配を感じ取ったあたしは本を直しに行くふりをしてそそくさと席を離れた。 死角になっている書架の間に潜り込んで息をついたら、なんだかどっと疲れた気がした。 どこまで彼はわけがわからない人なんだろう。 だいたい今まで告白なんて、仲の良かった男子にさえされたことがないのに。 からかわれているだけにしても、どうもしつこい。 “なかった事にしてもらおうと思って来たんだけどさ、やっぱあんたでいいや” この言葉も謎だった。 “あんたでいい”って、何様だよ。いや悪魔様か。 あれはどういう意味だったんだろう。やっぱり契約者を探してた、とか? [back][next] |