おもいびと
◇WAY OF LIFE9
「こんなの……許したのか?」
「うん」
問われるままに答えた。
それが残された時の事を思い出しておれの身体が熱くなる。
「咬み痕まで付いてる」
「うん」
やっぱりおれは海斗が忘れられない。
海斗の熱も、海斗がくれる痛みも。
おれは、ひどく淫らだった悦びを思い出した。
「待て……ちょっと待て。…………頭いてぇ」
先輩はおれから離れて、そのまま力なく腰を落とした。
自分の頭を押さえてうつむき加減で混乱を見せる。衝撃と落胆が伝わってきた。
どうして。
どうしてそんなに悲しそうにおれを見るの?
「おまえ……誰でもいいのか」
先輩の誤解を知って驚いた。
それだけは否定したい。
「ううん、好きな人だけ。こんなの許すの、好きな人にだけ。……遠くに行っちゃう前に……おれが付けてってお願いしたんだ」
隠したってどうしようもないからおれは正直に伝えた。
この痕は、海斗がおれを愛してくれた証だから。
大切な、大切な。
おれ自身が宝物になった証拠だから。
おれにとっては誇らしかった。
この身体が愛しいと思えた。
思い出して、胸が痛い。
好きな人……って、やっと言えて。
なのに、海斗はもう居なくて。
そう思ったら泣けてきた。
ぽっかり穴があいていたおれの中から、信じられないほどの涙が溢れてくる。
もう、全てが枯れ果ててしまったと思っていたのに。
心も、体も、まだ悲しみに支配されていて。
おれは、ただ嘆くだけの存在になっていた。
そうしたら、先輩はおれを引き寄せて、ギュッと抱きしめてくれて。
髪を撫でてくれる手が優しいから。
おれはまたその優しさに甘えて、泣くことしか出来なくなる。
「……陸」
低く穏やかな声。温かい体温。
いつのまにかこの腕の中に慣れていた。抱かれて安心している自分を否定できない。
けれど、おれが少し落ち着くと、先輩は両手でおれの身体を引き離しておれにシャツを着せてくれて。そして、頭を抱え込んでベッドに座ったまま動かなくなった。
「先輩?」
「悪い……帰ってくれ。……ごめんな、陸」
誰もいない部屋に先輩をひとりで残したまま、おれはシャツのボタンをとめて上着を持って家を出た。
ごめん……って、謝られてしまった。
先輩は何も悪くないのに。
おれ……
どうすればよかったのかな
どうしたらいいのかな
海斗
あふれてくる涙で街の光が歪む。
冷たい風が、頬に刺すような痛みを残してゆく。
真っ黒い空を仰ぐと、青白い光を放つ月が静かに輝いていた。
さみしい……と言ったら。
冷たく笑われそうだ。
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