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おもいびと
◆無常5









 おれは、旅立つために別れを告げた。

 多くの場所と、多くの想い。

 新しい未来を掴むためにそれらに決別して、少しずつ自分を繋いでいた鎖を切って前に進んでゆく。



 なのに。

 一番固くて。

 一番強い鎖。



 それをどうしようかと最後まで悩んで。
 結論が出せないまま時間だけが過ぎて行った。



 卒業直前にそれぞれの連絡先が公開された。

 本人が拒否しない以上、卒業後の進路がそこで知られる。
 おれの連絡先は、関東の住所になっていた。

 そこで、大勢の連中におれの本当の進路がバレてしまった。
 隠し通すつもりもなかったが、せめて卒業式の後にして欲しかったな……と、後悔しても遅い。
 学校から最終確認の文書が自宅に届いて、それが両親にも知られることになった。
 おれは、実家に呼び出されてリビングで詰問された。

 まだまだおれは完全じゃない。
 そつなくこなせない未熟さがあった。

「どういうつもり海斗!」

 案の定、母がキレた。

 おれは市内の医大にも合格していた。家族は皆、そこに入学すると信じていたはずだ。
 ここを出て行く進路を知られてしまえば、反対されることは明らかだったから、おれはずっと隠し通してきた。

 柊司さんは本当に心苦しかったに違いない。
 受験票を見た時から、ずっとおれの嘘に付き合って隠し通してくれたから。

「そこがどういうところか知っているの?海斗!」

 母はまた頭ごなしだ。当然と言えば当然の反応だ。
 おれはおれの考えで行動して選択した。
 誰からの鎖も断ち切りたかったからだ。
 なのに、国の道具になるつもりなのかと、おれを責める。

「どうしてあなたがそんな道を選ぶの!」

 全くの想定外で、親としては裏切られた気分なんだろう。
 自立したかったと願うおれに対して、母は「命まで拘束される事を自由とは言わない」と指摘する。

 けれど、その日は親父もいて。親父はおれの進路を認めてくれた。

 親父は高校を卒業してすぐに消防に入った。
 命がけで人々の暮らしを守る仕事だと自負している。実際その通りだ。
 救急に努める今も、昔と変わらず親父は誇り高い。

「行って来い海斗。あそこはどエライところだ。それに耐えて一人前になれたなら、おれはお前を誇りに思う」

 そう言って、親父はおれの決意を認めてくれた。

 さすがはおれの息子だと言ってくれた。

「ありがとうございます」

 おれは、両親に深く頭を下げた。

 納得出来ない母は、親父に説得されるだろう。





 おれが選んだ進路は、国を衛るものの医科大学。

 入学したあと、務め上げる期間。十五年。



 無事に帰ってこれるかは



 神のみぞ知る



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あきゅろす。
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