おもいびと
◆無常3
「海斗、一年から呼び出し」
教室のドアの前にいた奴がおれに告げる。すると周囲は途端に干渉してきた。
「何やったんだおまえ?」
「何?」
「男だよ。……相手」
「そいつの女食ったのか?」
ニヤニヤ笑いながら、悪友たちが下種な勘繰りを見せる。
その手の話題は尽きないし。好きな年頃だし。仕方ない。
バレンタインのホモ疑惑よりはマシな扱いだ。
おれは一応席を立った。ただし、そんな下らない詮索は封じる。
「真面目な寺崎くんになに言ってんの君たち」
少なくともここでのおれは真面目だ。
学校では目立たないように派手な行動は慎んでいた。
「一年にボコられんなよ」
有難くないエールを背中で受け流して教室を出た。
途中、女につかまって告られた。
卒業前はそんな自爆テロよろしくな連中が多くなってうざい。
だから、呼び出された場所につくのが遅れてしまった。
呼び出されたのは格技場へ抜ける校舎裏の道。
人気がなくて、気に入らないヤツをシメるには都合がいい場所だ。
全く思い当たる節はないが、まさか陸じゃないだろうなと懸念して、まさかな……と自身の考えを打ち消した。
もう居なくなったかもしれないと思いつつ校舎からの通用口を出ると、赤いネクタイの一年男子が待っていた。
おれを見たとたんに複雑な顔を見せる。
この視線……。ボコるような用事ではないと思えた。
まさかと思って、相手の出方を待っていると「好きです」と告られた。
おれがそんな風に見えていたのか、と一瞬驚いた。
顔を真っ赤にしておれの前に佇むこいつは、そこそこモテそうな外見なのに、なんでおれなんか……と疑わしかったけれど。緊張して震えて、所在無げに泣き出してしまいそうな顔を見ていたら、その気持ちが痛いほど伝わってきた。
からかっている訳じゃない。真剣なんだなと思えた。
「おれ……好きな子がいるから」
おれは正直に答えた。
こんな真剣さに曖昧に答えるなんて出来ない。
「だから……きみの気持ちには応えられない」
「セクフレでもいいです」
心にもないことを言って、おれを必死に引き留める。
本当は、そんなに安売りするようなタマじゃないだろう?
おれのことなんて何も知らないはずなのに、勢いだけで全てを捧げてしまいそうな……。
恋をするって、こんなものなのか。
思い詰めて、よく知りもしない相手への感情にがんじがらめになって。
ああ……そうだな。
おれもそうだ。
「……きみは、あの子じゃないから」
折角綺麗な想いなのに、そんな不毛な関係で自分を貶めたりしないでくれ。
その身体を、我儘な欲のオモチャみたいに扱ってはいけない。もっと、自分を大切にして欲しい。
そうじゃないと、哀しすぎるだろう?
離れ離れになっていく事を知って、縋るような視線がおれに未練を残す。
だからなのか、何かを残したいと望んでいるようにおれをその瞳に映して離さない。
せめて……と差し出されたミサンガ。
「先輩の願い事が、叶いますように」
そう言って、おれを想いながら手首に結ぶその仕草が、なぜか愛しくてたまらなくなった。
必死にこらえていながら、それでもなお零れてくる涙が止まらない。
そんな無垢な感情がおれを切なくさせる。
陸と同じ視線。
同じ制服。
もし、この目の前の存在を受け入れる事が出来たなら。
今よりも楽になれるのだろうか。
おれは逃げ腰で、そんな事ばかり考えて。
けれど……違うな。
それは違う。
傷つける相手をいたずらに増やすだけで。
どんなに足掻いても、結局おれは陸だけを求めてしまう。
最後に名前を呼んで欲しいと言った。
そんな願いが可愛いと思えた。
おまえこそ幸せになれ
ありがとう
『リョウマ』
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