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指定席(仁王)
指定席

窓から初夏の柔らかな風が吹き  彼女の栗色の髪を揺らす
窓際  後ろから2番目の席  
そこは彼女の指定席


指定席


今日もその子…若槻  葉月は窓の外を眺めている
休み時間も昼の時間も
若槻は授業以外はほとんどその席で外を眺めている
……まるで 遠くを見るように  ただ、ずっと外を眺めている…


若槻  葉月
3年の春からの転入生
立海には珍しい転入生に  若槻の容姿もあいまって、
最初は興味津々で話しかけるヤツも多かったが
今は静かになったもんだ…

知っているのはそれぐらい。

それもこれも、若槻はクラスメートにも関心が無さそうで
話す言葉も 必要最低限
クラスの女子とつるんでいるのも見たことがない

そんな彼女に話しかけるヤツは もう ほとんどいなくて
今日も若槻は  いつものように  外を眺めている…
…その光景は  なんか絵になっていて………


そんな若槻を  いまだ密かに気にしている男は沢山いるだろう
………俺もその1人か…



キーン コーン  カーン コーン…………



ガタン!!
『仁王!部室いくぜ!!』

物思いにふけっておったら 同じクラスのブン太に声をかけられた

『そんなに焦ることないじゃろ…すぐ行くきに  』

『そんな事言って また ふらっとどこか行くんだろぃ!?
お前と一緒に行かないと  俺が真田にガミガミいわれるんだよ!!
この前だって………… 』

…もう放課後か  今日はこのままブン太に連行されるらしいな…

チラッと若槻の方を見ると  帰る用意をするでもなく
相変わらず外を眺めている…

…そういえば若槻は  チャイムが鳴っても  いつも座ったまんまだ
大抵のヤツは部活なり家に帰るなりで慌てて用意するもんじゃが…

とりあえず部室に向かう

『のう  ブン太』
『なんだよ…サボらせないぜ??』
『………違うぜよ   なぁ 若槻って放課後何してるんじゃと思う?』
『若槻って…あの無口なヤツだろぃ?喋った事ねぇし わかんねーよ』
『…そうじゃな…』
『こないだも  クラスのヤツが 話しかけたけど無視されたって
言ってたぜ?アイツの事知ってるヤツなんて いないんじゃね?』
『…そうじゃなぁ…』
『何だよ急に!お前もアイツの隠れファンクラブかぁ!?』
『………そんなのがあるのか…』


ワシだってロクに喋ったことなどない
確かに無口だ   けど、無視するようなヤツじゃないと思う
プリントを回せば  ありがとう
ぶつかったら  ゴメン
 …必要最低限だ  でも  悪いヤツじゃない……なんとなく…
それに、外を眺めているとき  時々  寂しそうにも見えて…
なんだか気になってしまう……

思考を遮るようにブン太が言った
『気になるなら自分で聞けばいーじゃん!とりあえずは今は部室に直行だ!』
……そんなに真田にガミガミ言われたくないんじゃな…
とりあえずは部活に専念か…

……………………………………………………………



『…仁王君』


『なんじゃい 柳生』
『グリップが少し解けていますよ?』
『……ホントじゃな  気づかんかった…』
『…最近…何か悩み事ですか?…らしくないですね』
『はは  そう 見えるか?別に悩みなんかないんじゃが』
『それならいいですが……あ  今日の練習は終わりみたいですね
真田君が号令をかけていますよ』
『…あぁ』

らしくない……か
確かにワシが何か1つの事に執着するのは珍しいかもしれん…

ふと  校舎を眺めてみる

いつも若槻は何を眺めているんじゃろう…


『アレ?こんな時間なのに窓が開いている教室がありますね…
場所的に仁王君のクラスじゃないですか?』

『…確かにちょうどウチのクラスみたいじゃな…
やれやれ…気付いてしもうたからには  ちょっくら閉めてくるぜよ』

『そうですね、真田君には私から事情を説明しておきますので』
『すまんの  頼んだ』



タタタタタタ……………

駆け足で階段を登る

いつもならやらない面倒な事だ…
でも  もしかしたら若槻が閉め忘れたのかもしれない
…そう思うと 不思議と足が動いた
さすがに  もう本人はこんな時間まではいないだろうから…


……ガラッ


……………!!!
『あれ…仁王君……どうしたの?こんな時間に』
『若槻……お前さんこそ  こんな時間まで何しとる?』
『ボーッとしてたら、こんな時間になっちゃって…今から帰るところだよ』
そう  いいながら若槻は照れ臭そうに笑った

ちゃんと話したのは初めてな気がする……
……やっぱり悪いヤツじゃない…むしろ…………

『仁王君は?テニス部の練習終わったのに……忘れ物?』
『………いや、窓が開いてたから閉めにきたんじゃ』
『そうだったんだ…ゴメンね、疲れてるのに…』

…………………カラカラカラ……

『これで大丈夫!!…ホントにゴメンね!早く戻らないと真田君に怒られちゃうんじゃない??』
『…部活は終わったきに大丈夫じゃよ  それより若槻』
『……??』
『よく  ワシがテニス部だって知ってたな』
『えっ…いくら転校生でもクラスメートの事ぐらい知ってるよ…』
『…あんまりワシら喋ったことないじゃろ?』
『………確かに 話したことないかもしれないね…
でも 仁王君と丸山君はよく目立つから  私でもわかるよ?』
『そうかのう……』
『……それに』
『ん?』
『仁王君の銀髪はこの席からよく見えるから』『ほら』

若槻が指差す方を眺める
ちょうど  さっきワシがいたテニスコート

『テニス部の練習眺めてたら  いつの間にかこんな時間になっちゃってて…』
『…もしかして  放課後いつもテニス部眺めとるんか?』

放課後に何をしているか……………
まさか 自分がいるテニスコートを眺めていたとは思わず驚いた

『知ったら  気が散っちゃうよね…ゴメンね』

そう言ってまた 照れ臭そうに笑う顔は  
クールとか無口だとか…そんなイメージを吹き飛ばした

ワシを含めこの学校のほとんど全員若槻のことを誤解しているだろう

……いや  勝手なイメージを植え付けていただけで  
今  ワシの前で優しく笑う姿が、普段の若槻なんじゃな…

『…見られて気が散るようじゃ試合も出来んじゃろ?謝る必要ない。それにテニス部はイケメンが多いからなぁ  
ファンクラブがあるくらいぜよ    みんな慣れとる』
『ふふふ、確かにみんなモテモテみたいだもんね?………でも  だから眺めていた訳じゃないんだけど………』
『………??』

『…私……転校する前はテニス部だったから……』

『…そうなのか   立海ではやらんのか??』
『………うん  見てるだけで十分で…』

さっきまでの顔から急に表情が曇った
何か訳があるんじゃろうか………

『……………若槻、もうちょっと待っててくれんか?…もう遅いし
家まで送ってくきに…』
『えっ…悪いよ…勝手に私が遅くまで残ってたのに!……それに……私は1人でも大丈夫だから…』


…また暗い顔…そんな顔されたら余計に1人にできない
だいたい この時間に1人で帰したくない


『すぐ着替えてくるから 校門でまっときんしゃい!!』
『えっ!!仁王君!!ちょっと待って!!』

返事も待たずに急いで部室に戻った

やっと話せた

…もっと若槻を事を知りたい……………

ガタン!!バン!!
勢いよくロッカーを閉めた
その様子に部員が驚いてこちらを見る
『…お先にの』
慌てているワシが珍しいのか  みな  キョトンとしながら見送っていた

………………………

『待たせたな』
『…仁王君…気を使わせちゃってゴメンね』
『…あんまり喋ったことないハズじゃが  今日だけで何回 若槻に謝られたかの………』
『ゴメン……』
『ほら  まーた謝っとる…ワシが送りたいんじゃ 気にするな』
『………じゃあ…ありがとう…』
『はは  それでいい  お前さんは笑ってる方が可愛いぜよ』
『………!!!』

今度は茹でタコみたいに真っ赤になった………
今日だけでこんなに色んな顔が見れた
もっと前から  こんな若槻を知りたかった…なんて思いながら
気になっていた事を聞いてみた

『若槻がこんなに   よく  喋るとは思わなかったぜよ』
『………人付き合い…上手くないから… 』
『いや……ワシらが勝手に思い込んでただけじゃったんだな…
しかし  勘違いされたままでは勿体無いぞ?』
『………いいの  勘違いじゃ…ないし』『……1人のが気楽だし…』
『1人のが気楽ってのはワシもよくわかるぜよ
………でも 若槻のはワシの気楽≠ニは違うじゃろ?』

『……仁王君には隠し事でき無さそうだね…』

『ま、これでもペテン師…なーんて言われとるからの
ワシを騙そうなんてムリぜよ』
『ふふ…そうみたいだね…』

『……………ね…仁王君…』
『ん?』
『じゃあ、立海での私の最初の友達になってくれる?』
『………!!』

思いがけない質問に驚く
不器用なヤツなんじゃな……

『……改めて友達≠チて言われると…なんか堅苦しい気がするが…モチロンいいぜよ』
『…ありがと』
『まぁワシは…友達じゃなく  彼氏≠ナもよかったんじゃが』
『………!?』
『ははは!見事に真っ赤じゃの!!』
『………騙された……やっぱり仁王君は詐欺師だね…』
『……本気じゃけど』
『……………もう』

そうやって拗ねたような顔も可愛くてついついからかってしまった
これからもっと 色んな若槻を知れるだろう
ずっと気になってた彼女の最初の友達≠ノなれたんだ


……………………………………………




『おはよう、仁王君…えと…丸山君もおはよう』


朝練を終えたワシら2人に若槻が後ろから声をかけてきた
ブン太はかなり驚いている…

『おはようさん、朝練は見てないんじゃな』
『…………先に行くね…』
『おう』

若槻は気まずいのか…駆け足で教室に行ってしまった



『………おい  仁王!お前 若槻と仲良かったのかよ!!』
『んー…まぁの』
『じゃあ  昨日、放課後何してるだのなんだの  なんで俺に聞いてきたんだよ?』
『いやー…昨日  仲良くなったんじゃ』
『はぁ!?急にどうなってんのか知らねーけど…
アイツに挨拶されるだなんてレアな体験したぜぃ』
『話すと 面白いヤツぜよ  ブン太も喋ってみんしゃい』
『へ〜……お前  アイツの隠れファンに恨まれねーようにな!!』


…やっぱり隠れファンがいるのか…
ともあれ、若槻が挨拶してくれたのは特別≠ンたいで嬉しい

でも 出来れば  もっと他のヤツにも
本当の若槻を分からせてやりたい……………


教室に入ると……やっぱり若槻は   あの席で外を眺めていた
いつものように…変わらず………遠くを見ている

昨日、若槻は『人付き合いが上手くない』……と言っていたが
友達ができない≠フではなくつくらない
…………そんな風に見えた

昨日  テニスの話をしたとき暗い表情になった
もしかしたら  転校する前に部活で何かあったんじゃろうか…
.........気になる…が…昨日の今日でそこまで深追いはできない…

……あの  窓の外を見つめる
どことなく寂しそうな顔の理由を  いつか  若槻は話してくれると
いいが………



…………………………………………………………


…………………キーンコーンカーンコーン

……昼休み

ブン太はチャイムと共に走り去って行った
……………騒がしいヤツじゃ…購買に行ったんだろう…

………若槻を見る
相変わらず  席を立つ様子もなく  今日も1人で昼か……

『若槻』
『…!!仁王君……………なにかな…』
『ワシは騒々しいのが苦手でのー…………昼はいつも教室を出る』
『…………そうみたいだね』
『お前さんも約束が無いならとっておきの場所があるんじゃが  行ってみんか?弁当は持っとるじゃろ?』

若槻は一瞬驚いた顔をしたが
すぐに下を向きながら言った

『……そんなに気を使ってもらうと悪いよ…』
『………せっかく友達になんたんじゃろ?………ほら
早く用意しんしゃい』
『…ちょ、ちょっと、待って!』

………なんだか昨日と同じやりとり………

若槻の手を引きながら廊下に出ると
男も女も色んなヤツがワシらの事を見ている気がするが
気にせず  人混みを避けながら歩く……
手を引かれる若槻は……
下を向いたままだが  顔を真っ赤にさせているみたいだった


『ほら  ここじゃ』

到着したのはワシのおきにりの場所
人もいないし、涼しい風が吹く  立海の穴場

『……座りんしゃい』
『…………………。』

うつむいたまま  若槻が静かに座る
ワシもその隣に腰掛ける
『顔上げんしゃい……無理矢理連れてきてしまったが   
………怒っとるのか?』

『………怒ってないよ!……けど……』
『…けど?』
『……………………恥ずかしくて…!』
『嫌じゃった?』
『……嫌じゃ…ないよ…でも仁王君のファンに恨まれちゃうかもしれないし…』
『ファン…ね〜…ワシは気にせんけど』
『仁王君…変わり者だね……なんでわざわざ私なんかと……
モテるんだから…お昼食べるのも私じゃなくたって………』
『……お前さん…なんでそんなに自分に自信無いんじゃ?』
『…………。』

…… 

また  暗い顔にしてしもうた…

『せ〜っかくの可愛い顔台無しじゃぞ?…………笑ってるほうがお前さんらしい』
『………私らしい……?………これが普段どおりだよ…』
『そうは見えん    詳しい事情は知らんが…お前さんは自分を偽っているように見える』
『……………………』
『…なぁ  若槻…今日もワシらの練習見る予定か?』
『………迷惑じゃなければ…』
『なら  今日も一緒に帰らんか?』
『…えっ…でも……………』
『でもはナシ!ちょっとお前さんに付き合ってほしいんじゃ
………  いいか?』
『……わたし…………』
『じゃ  また校門で待ち合わせな?』
『…あの……仁王君…』
『ほら   とりあえず弁当食うか』
『…………………。』

何かを言いかけて若槻はやめた

その後は  軽い世間話をしながら  昼を食べた



………………………………………………………

教室に戻ると  色んなヤツに声をかけられた
ワシと若槻が2人で教室を出たことは相当な話題になっていたらしい

『おい!仁王!お前 若槻と付き合ってるって本当か!?』
『どうやって仲良くなったんだよ!?』
『仁王君に彼女なんて……やだ〜』
『しかも、あの若槻さんとなんて……』

皆  こっちの事はお構いなしで  言いたい放題だ

若槻とは  昼を食べたあと  そこで別れた
一緒に教室に戻るのが恥ずかしかったんだろう

『に〜お〜う〜!!結局のトコロ真相はどうなんだよ!!』
『だいたいドコ行ってたんだよ!!怪しすぎだろぃ!!』
………ブン太は興奮気味で質問攻めだ…

『別に…… 仲良くランチしてただけじゃけど??』
『だから!!なんでそんなに仲良くなってんだよ!?』



…………………ガラッ…………



…………若槻が戻ってきた
クラス全員が  一斉に注目する

若槻は少しうつむいたまま   あの指定席に向かうが
周りのヤツらは    珍しいモノでも見るように  若槻を目で追う

 『ねーねー   若槻さんって仁王君とは喋るんだね〜』
『ホント〜   私たちが話しかけても無視するのにさぁ!』

……わざと聞こえるように 言ってやがる
モチロンそんなつもりはなかったが…………
ワシの行動が……若槻に嫌な思いをさせてしまった…

『仁王君とは仲良くするんだね!』

若槻はそれでも無反応で席に向かい続ける
その姿に腹が立ったのか  クラスの女が若槻の行く手を阻み…

『ねぇ!!若槻さん……また無視するの!?』

『…………!?』
『ムカつくのよね!!なんか返事くらいしたら!?』
『………………ゴメンなさい…聞こえなかったから……』
『…………!!……そんなこと…!ホントムカつく…!!』

『…………………私……』

『やめろ』
 
『……!!仁王君…!!だって若槻さんが悪いんだよ!!』
『悪いのはワシじゃ  … 若槻のこと無理矢理連れていったきに』
『でも  いつも無視するのよ!?』
『聞こえなかった≠チて言ってたじゃろ??…………これ以上  まだ
若槻に言うなら………』

女を睨むと  怯んだのか…
ブツクサとまだ何かを言いながら席に着いた

若槻は  更に下を向いたまま…………席に着き
そして…いつものように外を見つめ
また  悲しそうな顔をしていた……………


…………………………………………………………



午後の授業が始まっても  若槻は顔を外に向けたままだった

そんな様子を見て  あの女どもは  ヒソヒソと何かを言っている

ワシが知る若槻は  人を無視するような人間じゃない…
しかし  さっきの若槻は  無視をしたようにも見えた……

まぁ………あんな風に言われたら  無視をしてもおかしくはない。

…………でも    なにか引っかかる…………

………聞こえなかったから……



その日  部活を終えたあと
校門に若槻の姿はなかった……


…………………………………………………………………………


あの日から3日
若槻は学校に来なくなった………

『………若槻は今日も休みか』
担任が日誌に書き込みながら呟いた

あの女どもも   なんだかバツの悪そうな顔をしている



ワシのせいだな…
あんな事がなければ  若槻は今日も……
きっとあの席で   窓の外を眺めていただろう


『………なぁ…仁王……』
『……なんじゃいな…………』
『お前  すげーやな顔してんぞ!!』
『………もとからぜよ』
『………だぁ!!!もう  らしくねーんだよ!!
そんなに若槻が気になるなら連絡すればいいじゃねーか!!』
『……………連絡先なんて知らんもん……』

………家も途中までしかわからんし……

『だから  その顔どうにかしろよ!!………俺が調べてきてやる!!』

…………ワシは今  そんなに変な顔しとるのかのぅ……
だいたい  連絡先なんて  この個人情報どーのーこーの言っとる時代に
担任でも教えてくれんじゃろ……

………………!!

いや………!!もしかしたら…!!!



ホームルームが終わると
いてもたってもいられず  ウチの参謀のもとに飛びこんだ

……いくら柳でも個人の情報まで持っているとは思えんが…
ワラにもすがる想いだった


『……………来ると思っていたぞ   仁王』


相変わらず冷静に柳は言った


『お前が俺のもとに  若槻葉月のデータを聞きにくる可能性は………』
『………聞きにきておいてなんじゃが……なんで若槻の事を……』
『……フ………甘いな仁王……データとは対象の人物だけでなく
関わる者の情報を加えてこそ  有益なデータになるものだ……
……お前がここ最近  もの想いにふけるようになったのは
若槻葉月のせいだろう…??』
『……………………………怖いねぇ…ウチの参謀は………』
『普段データを取らせないお前の…  今のところ1番の弱点だからな…
それに……友として仲間の悩みを解決したいと思うのは当然だろう』

そういうと柳は小さなメモを差し出した
………小さな地図のようだ

『だいたいの若槻の家の場所は分かるんだろう??
俺の調べによると……  よく近くの公園で見かけるらしい』
『……ありがとな』

小さな紙を握りしめ俺は早退した




………………………………………………………………



以前   若槻と2人で歩いた道をひたすら走る
あの時の若槻の笑顔がもう一度見られるなら…
ワシはどこまででも若槻の姿を探せる気がした

『この……公園か……』

たどり着いた小さな公園…
平日の昼間で人はほとんどいない
あるのはわずかな遊具と………

『…………テニスコート』

胸がざわめく
放課後ワシたちの練習を眺めていたのも
この公園によく来るのも…………………………


若槻の姿を探すが
コートには誰もいない…………
風に揺れる葉の音だけが寂しく響いている

都合よく  今  若槻がココにいるとは限らない……



『いないか………』



近くを探そうと  広場に歩き出す………
小さな公園には静かに優しい風だけが吹いている





『…………仁王君………??』


振り返ると
栗色の髪をなびかせた  若槻が立っていた……


『……みつけたぜよ……』


若槻のもとに駆け寄ると
若槻は  嬉しいような悲しいような……複雑な表情をしていた…

『………ゴメンね……私が学校休んじゃったから…仁王君
責任感じちゃったんだね……』
『……責任は確かに感じとる…でも…ワシがここに来たのは…
………………………若槻に会いたかったからぜよ』
『…………………仁王君は優しいね…
……私……学校休んじゃったけど、仁王君が悪い訳じゃないよ??』
『……若槻…』
『仁王君といっぱい話せて……嬉しかった…
私が………悪いだけなの…だから……気にしないで…?それより…早く学校戻らなきゃ… 大会も近いでしょ…??』
『…………………………。』
『仁王君……学校に……』

『若槻』

『…はい』



『ちょっと付き合ってくれ……あの放課後に約束してたじゃろ?』


………………………………………………


『……あの…仁王君……どういうつもり…?』
『何って……テニスコートに来たんじゃから、やる事は決まっとろう?』


公園のテニスコートに2人の影が落ち
葉の揺れる音が響く

『……私…テニスやめたんだけど……』
『……でも…できるじゃろう??』
『…立海テニス部員のお相手なんかできないよ…』


『…………ワシがテニスを始めたのは気まぐれじゃったんだ』


『……え?』


『でも…コート上の駆け引き…テニスっていうモノの魅力に
今はどっぷりハマってしもうた!』

『………。』

『………若槻もだろ?………やめた今でもテニスが忘れられない……
違うか…?』
『………………そうだね……辞めたクセに未練がましいよね…』
『…テニスのいいトコロは数えきれないほどあるが……
ワシはこの球を通じて…試合した相手の心も通じてくる気がする……そこが特に好きじゃな……』
『………そうだね…一球入魂…魂が入ってる…』
『だろ?…まぁワシはその心の先を読んで、相手をペテンにかけるのを得意としているわけだが…………………………若槻…
ワシは、お前が知りたい……軽くでいい…打ってみんか……?』



『…………うん…』



…………………………………………………………

ポーン……ポーン……

ラリーの音が響く


ポーン……ポーン……パシッ…………


『……流石にやってただけあるのぉ………ほれ!!』

『…あ!!』


……………………トンッ…トン…トトトトトト………


『………軽くって言ったのに……』

『いやー、スマンスマン…つい…お前さん見ているといじめたくなってのー』
『………………意地悪…』
『………そんな可愛い事言うと〜余計にいじめたくなるぜよ』
『…………また…そんな事言って……』
『…お前さんは  楽しくなかったのか?』
『………………………楽しいよ………』

『…ちょっと休憩するか……』

ラケットを置いて  木陰に座る
右手でポンポン…と地面をたたき、隣に若槻を呼ぶが
若槻は座ろうとしない

『……きんしゃい…涼しいぞ?』
『…………………。』
『…………………………どうした?』

『そこに座ると…仁王君の声が聞こえなくなっちゃうから…』


『……え?』
『……左耳………聞こえないの…だから……』

若槻は…そう告げるとワシの左側に座った

『……耳  悪かったんだな…知らずにスマン…』
『………言ってなかった私が悪いの……………
だから……無視してるって勘違いされて………………』
『…………何があったんだ…?』

若槻はうつむきかげんで話し始めた

『転校してくる前……これでも地元じゃ結構有名なダブルスの選手だったの…』
『………そうだったのか…そりゃ上手いはずじゃな…』
『……ふふ……全然……だから…ある日の試合で…怪我しちゃって…
打ち所が悪かったみたいで耳が聞こえなくなってしまったの…』
『…………。』
『それがキッカケでテニスを辞めちゃったんだけど………
ちょうど、そのタイミングでたまたま、お父さんの転勤
が決まってね…立海に転入する事になったんだけど………
ペアを組んでた子には事情が上手く伝わってなかったみたいで…
立海に行く裏切り者≠チて言われちゃったんだ……』
『………勘違いされたまま立海に転入したのか?』
『何度も理由を説明しようとしたんだけど……聞く耳を持ってくれなくて…結局……そのまま別れてしまったんだ…』

『その子と……本当に仲良しだったのにショックで………
それ以来…なんとなく心が開けなくなっちゃって…
クラスのみんながせっかく話しかけてくれても上手く喋れないし…
聞こえなくて無視しちゃったり………………本当はみんなと仲良くしたいのに……』

若槻は…堰がきれたように泣き出した



『………………もったいないの……』


『……グス……え?』

『だってそうじゃろ?…こんなにいい子なのに…』


『………………………私……仁王君に憧れてたんだ…』

『…………ワシに??』

『……何にも囚われず…のらりくらり自由に生きてる…
なのに学校の人気者で…テニスしてる時もかっこ良くてて……
………私と全然違うから………』


『………さっき…ワシの心は若槻に届かんかったかのー…』

『……仁王君の…心?』
『……お前さんに… ずっと笑っていて欲しいんじゃ……だから……』


『明日は必ず学校に来てくれ』







……………………………………………………


……その日  若槻にそれだけ伝えるとワシは部活に戻った

部活だけ来るなんてたるんどる!!≠ニ真田には言われたが
事情を知っている蓮二達が真田をなだめてくれた


………ココロが届いているなら…
若槻は学校に来てくれるはずだ……



………………………………………………………………………



次の日



朝練がなかったので若槻の家の近くまで来てみた…

……来てくれると信じておっても   やはり不安じゃ……

この近くに住んでいるハズだから……と適当に歩きまわっていると
後ろから声をかけられた


『おはよう、仁王君』


『…若槻…おはよう』


昨日会ったばかりなのにガラにもなく緊張してしまった…




振り返った先の若槻は…………髪をバッサリと切り
晴れやかな顔で笑っていた


『髪………切ったんじゃな』

『うん、……………どうかな…』
『…短いのも似合っとるよ…』

『……ふふ……ありがとう……あのね…仁王君……』

『………なんじゃ?』

『昨日……仁王君のココロ……届いたよ…
だから……私  今日から変わろうと思って……………

…私には
心強い味方がいるって…分かったから……………』


…………………………………………………


教室に入る手前で
若槻は深呼吸をしている………

ワシは若槻の短くなった髪をクシャっと撫でた

若槻はもう大丈夫…きっとクラスの奴らも分かるはずじゃ……

………………………………………………………………




……ガラッ!!

『おはよう…!!!』





…………………………………………………………………







窓際  後ろから2番目の席

あの子は今日もあの指定席で
クラスの賑やかさに耳を傾けて

優しく微笑む

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あきゅろす。
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