There is no identity.
89link/トキオとガイスト、無理だった。
――――――
仲間がいるという事実は、とても幸せなことなのだろう。
だから、色んな考え方があって、色んな答えを持っている。
信じられるものが、沢山ある、それは、とても普通のことのようで、難しい。
「あーっ! なんか違う! そうじゃないんだって!」
頭を掻き乱して、トキオは深い溜息を吐いた。
自分らしくない、その言葉がピッタリ似合う今の心情。真っ直ぐに突き進んでいける程、簡単な話ではないことはわかっている。
大切な人を一途に想うその心は、間違ってはいない。
それがたまたま、大勢の通る道と逸れていただけで。
この掌を伸ばして、助けることは出来るのか、と。
いつもは、そんな想いが全く浮かんでこなかったから、仕方ないか。ぐっと背を伸ばして、トキオは喉の奥に引っかかった息を飲み込んだ。
「キミはいつ見ても面白いカオだよネ」
鍵盤の音がずれるように、流れる旋律を一つずらすように、ガイストは言った。
「う、うるさいな、大きなお世話だ! だいたい、オレに何の用だよ!」
それは突然のこと。用事に出向いた先で、ふらり現れたガイストに、初めは警戒心を強めていたトキオだったが、今日は様子が違う。
絡まっていた蜘蛛の糸から解き放たれたような、不思議な雰囲気。
もちろん、敵同士には変わりない。疑い深いのが、ちょうど良い。
「用なんてないサ。ボクだってたまには息を抜きたい時があるんだヨ♪」
仮面で顔を半分隠し、黒いマフラーを纏って、ガイストはトキオの傍に近寄る。一定の距離を保っておきたいトキオは、自然に足を一歩引いた。
「そ、そう……、オレ、用事があるから」
「キミこそ、今ここでボクにトドメを刺したりしないの?」
早くこの場を離れたかったトキオに、ガイストが投げた言葉。
周りには人はいない。ガイストが言うようなことが出来ないわけではない。
ただ、違うだろう、トキオの中には、それが真っ先に浮かび上がった。
「仲間を裏切って、ボクはボクのために生きている。トキオだって、あの時は怒っていたじゃないカ(−−;」
確かに、仲間を消し去った瞬間の昂りは、トキオの中に残っている。
仲間を犠牲にすることは、トキオにとって普通のことではない。ましてや、自らの手では。
ただ、今はその記憶が奥の方へ積まれてしまっていることもあるのか、感情的になることはない。むしろ、冷静でいられた。それもそれで不思議ではあった。理性の糸が一、二本切れていたっておかしくない。
「確かに、オレはお前のこと許せないし、敵だと思ってる。でも、そういう風にしようとも思わないんだ」
口角を上げたまま、ガイストは首を捻る。トキオは迷いのある瞳の覗かせつつも、力強く、大地に足をつけている。
「お前の言っていることは、間違っている。だからこそ、その間違いは正さなきゃならない」
「クスクス☆ 今更、ボクが考え方を変えると思っているのなら大間違いだヨ」
わかっている。トキオだって、それくらいはわかっている。
だからこそ、諦める選択肢は使いたくない。
そこにあるようでないような、存在に向けた掌には、間違いだらけの決意が秘められている。
「仲間になろうとも思わない。けど、今なら、やり直せるかもしれない」
差し出された掌。ガイストは両の手を後ろで組んだ。
「お人好しもいいところじゃないか。ボクはその手はとらないヨw」
退屈がピークに達したのか、ガイストの方からトキオの傍を離れた。
「うーん、今日は残念だったよ。もう少し面白いことがあるかと思っていたけど」
トキオは承知の上だと、苦笑いを浮かべる。
でも、まだ終わっていない。始まってすらいない。
彼がこのまま、孤独な道化師で消え去ってしまう道を辿らないように。
「じゃあネ、トキオ。ボクは帰るとするヨ☆」
手は振らない。見送ることもしない。ただ、トキオは横目で、跡形もなくなったガイストの居た場所を見た。
初めから、そこには何もないような、そんな気がした。
こんな気持ちは、さっさと片付けてしまいたい。
胸の奥を占拠するモヤモヤを、トキオは噛み砕きたくなる。
「……まあ、悩んでるのはオレらしくないな!」
顔を一つポンと叩き、笑顔を作ってみせる。そのうち、普段通りの自分が戻ってくるはずだ。
「今日も頑張るか!」
先の見えない未来に、トキオは瞳を覗かせた。希望も、絶望も、混ざって見えなくなった目の前に、迷っている時間は残っていなかった。
end.
――――――
難しい以外の何物でもなかった。ただ宣言した以上は書ききろうと思った。
暫くやりたくないネ☆
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