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【※】中毒(ヨシュネク、のつもり)
 舌の上で溶ける苦い香り。少しだけ遅れてやって来る甘さに、ヨシュアは口の中で舌を漂わせた。
 チョコレートは、まるで毒だ。食べると落ち着くぞ、そう言われてネクに貰ったひとかけらがどうも癖になってしまった。ガムを噛む事に対しては少々抵抗があった。しかし、チョコレートは違う。もちろん、延々と口の中に残っていないのがいいのだろう。
 どうして、この食べ物を欲しているのだろうか。
「おい」
 我に返って、ヨシュアは隣で頭の後ろに手を組んでいるネクの方を見る。ちょうど呼ばれたばかりで、タイミングが良かったとヨシュアは口角をあげる。
「どうかしたかい?」
「いや、なんつーかその、お前、チョコ好きだったか?」
「別に。でも、悪くはないよ」
 あまり、何でもかんでも好き、という言葉で装飾することは望んでいない。ヨシュアの中で、そういうものはもっと貴重な台詞だと思っている。
 もちろん、その言葉を使う機会はそうそうなく、積極的に発信するつもりもない。どちらかというと、無意味な『好き』が蔓延しているこの街のそれを見下して、踵で磨り潰そうとする意思が、ヨシュアの中でひっそりと眠っている。
「ふーん」
「興味なさそうなのに、どうして訊ねたりしたの?」
「べ、別に」
「ふーん」
「お前だってふーんって言うだろ?」
「うん、言うよ」
 何気ない会話の中でも、チョコレートは唾液の海に沈んでいく。苦みが残って、甘みは呼吸の風で抜けていった。寂しさが蔓延した心の中に、似ている気がした。寂しさなど、特に感じたことはないはずなのに。
 行き交う人の流れはいつもと同じで、せわしなく流れる雲は白い。隣で歩幅を揃えて歩くネクだけは、変わってしまった。
「ネク君、ちょっと冷たくなったんじゃない?」
「女みたいなこと言うなよ」
「男と女で区切る必要は存在するの? あるなら知りたいなあ」
「くっ……はいはい、冷たくして悪うございました」
 歩調は合っている。こうして会話も成立している。ただ、少しずつ動き始めた次元の溝は、闇を伴って確実に迫ってきている。
 こういうことを寂しい、そう思うなら、また面倒事が増えるなあと、ヨシュアは呟く。
「おっと」
 ボンヤリしていたヨシュアは、別方向からの力によってつんのめる。よろけたところに、隣から伸ばされた手がしっかりと転ぶことを止めてくれた。
「大丈夫か」
 ネクはしっかりとヨシュアの身体を支えてくれる。不意に、ネクの手がヨシュアの額へ伸びる。自分のそれと比較して、何の問題もないことを確認し、頷く。
「むしろ、俺の方が熱っぽいな」
 少し苦笑いを見せて、ネクは舌を出す。ヨシュアは空っぽになった口の中が、また新たな固形を望み始めたことに気付きながらも、ネクが触れた場所の余韻に浸っていた。
 人の波から外れ、閑散とした場所に出ると、ネクは携帯電話を取り出す。
「最近、ちょっとやってみようと思ったことがあるんだよ」
 パシャッ、高い音が鳴って、携帯には画面の向こう側を切り取った景色が収まる。
「へえ、ネク君、そういうのも趣味だったんだ」
「そういうのもって、どういうことだよ」
「意外だよ、自分のこと以外は興味なさそうなのに」
「それは今までの話だろ……」
 そう、それは今までの話。今まで、ずっと未熟で、なりふり構わず生きようとしていた少年の話。
 もう、そこからは解き放たれてしまったのだ。
 いや、この手で解き放ってしまったのだ。
「寂しいね」
「……?」
「口の中が」
 苦い苦いチョコレートの風味だけを残したままの、大きな空洞。そこに埋まるものが欲しかったのに、生憎チョコレートは切れてしまっていた。
「持ってないよね」
「……ガムしか」
「ガムは要らない」
 駄々をこねる子供と同じで、不機嫌な顔をする。
 少しずつ変わっていくのは、この世界とて同じはずなのに。
 ほんの少しだけ、変わってほしくない気も、してしまう。
「なんか今日の空、綺麗だな」
 ネクはヨシュアのことを放って、写真を撮ろうとする。
 構ってほしいわけではないけど、心が弱っているわけではないけど、この寂しさを埋める温もりが欲しかった。
 空に掲げられたネクの携帯電話は、ヨシュアの姿を映さなかった。するりと目の前に寄って来たヨシュアに、ネクは驚く。時間は、あっという間だった。
 この気持ちを、共有させてやる。
 苦いキスの味は、ネクに伝わった。
 溶けて舌に残っていたチョコレートを歯に擦り付け。向こう側から押し出そうとして来るのをかいくぐって、下側を愛撫する。普段は触れられない場所に触れられたことで、ネクは目を見開いた。
 はあっ、息が漏れ、ヨシュアは口を離した。
「な、何しやがる」
「きっとネク君も、口が寂しくなるよ」
「お、俺はお前みたいなこと、絶対しねえからな」
「ふふ、驚いたネク君の顔、可笑しくて、おかしいよ」
「どういう意味だよ……ったく」
 顔を真っ赤にして、唇をネクは拭きあげる。ヨシュアはクスクスと笑う。ほんのりと甘い香りがヨシュアの口の中を支配した。甘いイチゴ味のキャンディーが混ざった香りだった。
 パシャッ、また音が鳴った。
「ヨシュアってこういうの嫌いそうだから、お返し」
 片手に添えられた携帯電話には、きっとヨシュアの顔が残っている。
「ネク君って、やっぱり不思議」
 ヨシュアは背を向けて、瞼を閉じた。
 その味に慣れ始めると、きっと口はまた、それを欲してしまう。
 寂しいって嫌だね、ネク君。ヨシュアは耽美な笑みを浮かべて、携帯電話を取り出した。
「そういうの、嫌いじゃないよ」
 フラッシュは、目をくらませる。
 あの少年は、まるで、その光のように、輝いて。




end.
――――――
お蔵入りにしようかとも思ったけどまあいいかなと思って公表する。
こういうの沢山ストックはあるけど全然出してないので評判良かったら出していくスタンス


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