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忘却の世界と時間の針
 ライブ会場の熱気が消え失せた、昼下がりの街並み。ついこの前の歓声が冷めやらない中、ネクが訪れた場所は何事もなかったかのような閑散さを保っている。
「なんか、忘れてる気がするんだよな」
 冬の街角。ジャケット越しに伝わってくる冷気にも負けず、ネクはとぼとぼと足を進めていく。影に紛れている水溜り。黒く青空を切り取った電線。押し潰さんと聳え立っている建物の群れ。どれもこれも、ネクの頭の中に収納されているが、何故か一か所だけ、引っかかっている。記憶の引き出しが、開けない。
 そういえば。


「ネク君、普段どんな音楽聴いてるの? 興味はないけどね」
 同じ場所。電線が音を立てず、静かに眠っていた昼下がりの世界。ネクの隣にヨシュアが居た時のことを思いだす。
「興味がないなら答えない」
「じゃあ興味あるんだけど」
「今興味ないって言っただろ?」
 ネクは苛立って掌に握りしめたバッジに念を込める。いいからこいつを黙らせてくれ。そんなふうに。飄々とヨシュアは、ネクの顔を窺っては、何も興味がないような表情で問う。何を知りたい。何を訊きたい。真意が掴めなくて、ネクは苛々していた。
「僕にもそのヘッドフォンで聴かせてよ。きっと、良い音で聴けるんだろうなあ」
 口でそう言うヨシュアは、ヘッドフォンの方へ手をかけるでもなく、ネクの方をまじまじと見つめて来るだけだ。本当に聴きたいわけではないのだろうと、ネクは断定する。
「貸すかよ」
「どうして? ヘッドフォンを貸したら死んじゃうの?」
「死なねえけど」
「なら」
「嫌なもんは嫌だ」
 一言一言、ヨシュアは詰め寄ってくる。ネクはヘッドフォンを押さえて後ずさりする。どうしても、ここは奪われたくない。外したくない。
「ネク君ってガンコなんだね。わかった、なら、こうしよう」
 そう言って、ヨシュアは自分の耳を蓋する。ネクは首を傾げる。その行動に何の意味があるのか。
「今から僕はこれで行動するよ。ノイズが襲い掛かって来てもこの手を離さない。ネク君ならどうする?」
 ヨシュアはそう言った。言うことをいちいち鵜呑みにしているとストレスしかたまらないので聞くつもりはなかったが、もしも本気でそんなことをされてしまっては困る。かといって、ヘッドフォンを簡単に外すのは嫌だった。
 ヨシュアとの駆け引きに、負ける、そんな気がしたからだ。
「は?」
「今の僕には、ネク君の声は聞こえないよ」
「嘘つけ、絶対聞こえてる」
「いいや、聞こえてないよ」
 普通の会話では通じない。ひらひらと舞う蝶のように、純粋に屈折した少年の心はかわされていく。ネクは髪を掻く。苛立ちから足を地面に擦り合わせる。アスファルトのゴツゴツした感触が、太腿の辺りまで伝わってくる。
「ほら、噂をすれば」
 バサバサ、音が聞こえる。ノイズが集まってきたのだ。
「ま、マジかよ。おい、行くぞ!」
「嫌だね。僕はずっとこのままで」
「おい! そんなことしてたら……っ!?」
 コウモリ型のノイズは、こちらの事情もお構いなしだ。攻撃を始めてくる。ネクはとりあえず、ヨシュアの前に立った。
「ったく、ここで終わってられねえんだよ!」
 こんなに図々しいパートナーと組むことになるとは思わなかった。見た目はひょろくて弱そうだし何考えてるかわからないしそれでいて疑い深い。
 わからないから、考える。いつの間にか、どこかに忘れて来たようなことを、思い出す。一人でノイズと戦うことは少々面倒だが、そんなことは言ってられない。
「とりあえず、今はお前を守ってやる」
 臨戦態勢。ネクはバッジを使って、挑もうとする。
 その時。指が後ろ側で鳴った。ネクは振り返る。重たい音が、地面にぶち当たった。
「ふふ、合格だね」
 そう言って、ヨシュアはネクの隣に並んだ。ネクはますます訳が分からなくなる。
「どういうことだよ」
「自分勝手なのは構わないよ。でも、自分勝手と独りよがりは違う、そうは思わないかい?」
 まともに取り入っても仕方ない。ネクは戦いながら、答える。
「どういう意味だよ」
「そのままのことさ。てっきり、僕を見殺しにするのかと思った」
「そんなわけあるかよ、俺たちは、その、パートナーなんだろ」
「そうだねえ。でも、僕たちは即席のパートナーさ。この町に溢れる友達と同じ感覚なんじゃないの? 切ろうと思えば簡単に切れる関係じゃない?」
「いちいち質問すんな! 俺はもう聞かねえ! でも……」
 最後の一撃が決まり、宙に浮いていたネクの身体が地面に戻ってきた。綺麗に着地を決め、息をするように、言った。
「お前の事、何かあったら守るから。それは忘れんなよ」


 思い出した。
 そんなことがあった気がする。いや、無かった気もする。
「何が守るだよ。あいつのほうがよっぽど強いじゃねえか」
 ネクは笑う。自虐も混ざったのその笑みは、一人きりの場所に残される。
「どっかで観てんだろ。俺はここにいるぞ」
 上空。快晴の、薄暗い空。ざわざわと電線が揺れる。風でアーティストの映ったチラシが飛んで行った。
「こっちは、俺が見てやるからな」
 空になった掌を握り締める。
 ふと、何かが触れた感覚を、ネクは覚えた。慌てて辺りを掻き分けるが、何もない。
 寒さがすぐにやって来て、ネクはポケットに手を入れた。
「ちゃんと厚着しろよ。あの服じゃ、この冬は乗り切れねえぞ」
 きっと、今の隣にヨシュアはいないはず。でも、そこに居るような気がして、ネクは言った。
 その場を後にするネク。歓声が消え失せないと同時に、嘲笑に似たヨシュアの声が、頭の中から消えることは、恐らくない。




end.
――――――
ネク君の主人公体質はきっと節々で滲み出ると思われ。
あと、これネクヨシュって言えるの(震え声)。
ここまでお読みくださり、ありがとうございます。


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