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空は星を忘れない
 夢を追うには、夢を追うこと以外に必要なことがある。学生であれば、勉強をしなければならない。そう、ネクは学生であるから、勉強をしなければならない。
 大事なこと過ぎて、二回も言うのは心がねじ曲がって折れてしまいそうだ。
 机の前に広がっている参考書の山。たいして勉強が苦手、というわけではないが、好んでするほど好きなわけではない。特別得意な教科があるわけでもないし、苦手な教科があるわけでもない。
 とりあえず、ネクはCDをラジカセに入れる。新調したヘッドフォンを耳に当てて、そこから流れてくる音楽に思いを馳せた。
 勉強するには少々テンションの高い曲を選曲してしまっているが、音量を下げて臨む。シャカシャカ音に乗って、数式を羅列していく。
 白いノートの上に増えていく文字の数々に集中しようとしていた頃、ネクはあることを思いだす。
 ヘッドフォン、勿体ないことしたなあ。
 バイトなんてしてない世間一般の中学生が持つには高価なヘッドフォンを、渋谷のど真ん中に落っことしてきたからだ。いや、置いてきたからだ。あれはあれで気に入っていたし、思い入れがあった分勿体ないと感じてしまう。
 そこから伝染していくように、最近街中へ目的を持って立ち寄っていないことに気付く。遊んだり、刺激を受けたり。そんなことが当たり前だったこともすっかり忘れてしまっていた。こんな短期間の事ではあるが、将来への焦りが、ネクの頭をいっぱいにしている。
「高校なあ……どこ行くべきなんだろ」
 受験用のパンフレット。高校の偏差値メモ。種類や目的、金額、立地。必要な道。不必要な選択。数式なんかを解き明かすことよりも大事なことを考える時間の方がかかっている。
 真面目に考えることがこんなにも辛いことだとは全然思っていなかった。ただ、その分生きている心地はする。もちろん、それが幸せなことがどうかはわからないが、ネクの中ではその実感がある方が良かった。
「そもそも偏差値って何だよ、なんで俺の人生が紙切れで決められなきゃなんねえんだよ……ったく」
 ちなみに、通知表では協調性の部分で指摘が何度もされているので、もし内申点で別の中学生と成績が拮抗した場合は落とされるんだろうなと嘆く。ネクはもう、勉強をする気がなくなっている。
 ベッドに転がって、ネクは家から見える外の景色を見た。思っているよりも綺麗な星空が浮かんでいる。
「東京でも、見えんだな」
 宇宙の気まぐれか、黒い画用紙に白い穴を空けている。大きさはまちまちであるが、都会ではあまり見れないだろう。光量が多すぎて、自然の光が消されてしまうからだ。
 ネクは、勉強の邪魔になるからとあまり使わないようにしている携帯電話を開く。
「そういや、あいつとも全然だな」
 ネクはメールを送る。選んだ相手の理由は特にない。なんとなく、指が運んだのだ。
『そうだね、僕も今、夜空を見ているよ』
 同じ空を見ているんだなと、ネクは窓を開けて、身を乗り出す。
 少々肌寒い外の風に当たりながら、目を凝らして夜空を眺める。月が昇っていることはいつだって同じだが、星が見えるのはいつもと違う。どうしてだろうか。
 ただ、所詮は都会の空。もう少し光が少なくなれば、もっともっと綺麗に見ることが出来るようになるはず。そこで、ネクは冗談半分でこんなメールを送ってみる。
『お前の力で、街の明かり消せるんじゃね? もっと星が良く見えるぜ』
 渋谷を統括するコンポーザー。ヨシュアはこのメールをどう捉えているだろうか。
「久しぶりに、会いに行くか……いや、うーん」
 どうせなら進路が決まってからの方が良いかと、ネクは一番輝いている星に向かって呟いた。今ヨシュアに出会ったら、きっとストレスフルで帰って来ることになる。変な引き金を引いたり引かせかねない気もするので、また別の機会が良いかと頷く。
『じゃあ、やってみようか?』
『それは困る。俺は今勉強が忙しいんだ』
『へえ。大変なんだね』
『受験が終わった頃に、また、行くよ』
『行くって?』
『いちいち言わせんな!』
『はいはい、じゃあその時まであれは預かっておくよ』
『ああ、じゃあな』
 ネクは、携帯電話を閉じる。家からの景色を目に焼き付け、そろそろ机に戻るべきかと考える。
 じゃあな、の次のメールが来ることを少し期待もしてみる。メールを送ってくるヨシュアの顔を想像してみると、あのすました顔しか浮かばなかった。苛立たされたり、清々しい気持ちになったり、忙しい、あいつの笑顔だ。
 パチン。暗くなった部屋の電気。ブルル、と携帯が鳴った。
『言っておくけど、ネク君のせいだからね』
 慌てて携帯電話を開いたネク。
『どういう意味だよ!』
 真っ暗になった部屋で、光っている携帯電話のモニターに浮かぶ文字。
 送り返したメールを見送って、ネクはまた、窓の外を見た。
 真夜中の星空は、部屋の漆黒を楽しむかのように、燦々と輝いている。




end.
――――
さっきの続き。関係ないけどネク君の家電気代高そう…。
真面目に勉強しているネク君はそれで好きだよー!


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