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エストちゃんの災難
 巧みにパソコンのキーボードを叩いていくツヴァイは、緑のジャージ上下に身を包み、三次元での世界を悠々と過ごしている。
「ツヴァイ、機械操作も上手いよね。ボクはさっぱりだよ」
 白い三角巾を被り、髪の色と同じ橙のエプロンを着て、エストはツヴァイの様子を見守っている。カタカタと目にも止まらぬ速さで文字を入力していく姿に、エストは目を丸くしている。
「エストは機械の操作が下手過ぎだよね……一体何人のエストが灰となって消えたのか……」
「い、言い方が悪い!」
 エストはツヴァイの言い方にムッとして、思わず声を荒げる。といっても、変声期にすら差し掛かっていない少年の声は、柔らかくツヴァイの耳の中へ吸い込まれていった。
「それは事実。いやまあ、僕はそんなエストも好きだよ」
「もう、そういうキャラやめようよ……怖い」
「じゃあエストもそんな強がりはやめて僕の胸の中で情けなく泣いてよ」
「それは絶対イヤ!」
 ゲームの設定上は、元気で明るい少年のエスト。そしてエストのことを執拗に追い回す敵役のツヴァイ。ただ、実のところ幼馴染であったり幼少期はエストとツヴァイの性格が逆であったことを考えると、一概にそうとは言えない。
「まあ、僕はどうでもいいや。確かに昔みたいになりたい気持ちはあるけど、今が幸せだから」
「それは、ボクだって」
「ふふ、エストったら、可愛いね」
「か、可愛いって言わないで! ボク男の子なんだから!」
「男の子ねえ……ふーん」
「むうう……そ、そんなことより、ツヴァイは今何してるの?」
 一連の会話に敗北の色を感じたエストは、話を移そうと、ツヴァイが今作業していることに話題を移そうとする。
「僕? ああ、一路のフォルダを漁ってるんだ」
「か、勝手にそんなことしてもいいの!?」
 ツヴァイが平然と言ったことに、エストは間違っていることをしているのではと、ツヴァイに問いかける。
「正義の味方エストちゃんはツヴァイ様に負けて一生僕の」
「もういいよ。勝手にして……で、一路はそこに何を入れてるの?」
 ツヴァイは椅子を回転させ、エストの方へ向く。
「君のイラストだよ」
「見せて!」
「やめといたほうがいいよ」
「どうして? だって、ボクの写真なんでしょ?」
「エストちゃんのか弱い心には刺激が強すぎて……」
「あの旅が十分刺激的だったから大丈夫じゃ」
「甘いねえ」
 ツヴァイはエンターキーを押して、一枚のイラストを表示させる。
「ほら、びっくりしたでしょ?」
 エストは思わず口を開いた。
「な、何これ……」
「うーん、簡単に言ってしまえば、少年を辱める画像だよね」
「も、もう見たくないよ……どうして脱がされてるの、ボクの鎧どこにいったの!?」
 いかがわしい、エストの一枚のイラスト。正義の心の象徴である赤いマント一枚のエストが、ゲーム内の女性キャラ数名に襲われているイラストだった。ツヴァイはお腹を抱えて笑っている。
「だから見ない方が良いって言ったじゃん! どうしたの予想外のイラストに驚いてる?」
「驚くもなにもボク恥ずかしいことされてるじゃん! もうこんな写真一路は持ってるの! 最低だよ!」
 全てはツヴァイのせいだが、一路の秘密をエストが知ったことで、当人はご立腹の様子だ。
「そうだ、一路のベッドの下にも、何か面白いものがあるかもよ?」
 ツヴァイがそう唆してくる。エストは頬を膨らませて、一路のベッドの下を覗く。
 いくつかの積み上がった本のうち、一冊の本をエストはとりだした。
「『安らかに僕の腕の中で眠れ』……ボクとツヴァイが載ってるよ」
 ツヴァイの腕の中で眠るエスト。これだけを見ると、とても綺麗な表紙で面白そうな漫画が描かれているように思えた。
「読んでみる? 僕は面白く読ませてもらったよ」
「じゃあ、読んでみる」
 エストはこうして、パンドラの箱を開いたのだった。


「やめて、ツヴァイ、もうやめて!」
 壁際に追い詰められ、エストは諦めの表情を浮かべながらツヴァイに懇願する。しかし、ツヴァイは一歩一歩、エストの元へ近づいていく。
「嫌だね……もっと僕に、情けない顔を見せて」
 妖しい笑みを浮かべたツヴァイは、エストの顔に、手を伸ばす、冷え切った両手の指先が、エストの温かい頬をなぞった。
「今から何をするの……」
「何って、そうだなあ、遊ぶんだよ、エストで」
 舌をツヴァイは出し、唇を舐める。
「ふふ……内心、興奮してるの?」
 そう言って立ち上がり、ツヴァイは踵の尖ったヒールを履いた足を上げる。
「やめて……お願い……」
「残念。エストは、僕のものだよ」


「ごちそうさま」
 普段はお茶碗二杯くらい軽く平らげてしまうエストが、半分ほどご飯を残したうえで席を立った夕食時。
「何だ、エスト、調子悪いのか?」
 母親の美樹が居ない食卓。大学から帰ってきた一路がエストに問うと、エストは何も言わず風呂場の方へ向かった。
「じゃあ僕も。ごちそうさまです。一路のご飯は、ちゃんと作ってあるよ」
「あ、ああ、サンキュー」
 一路をリビングに残し、ツヴァイもエストの後を追った。
 エストは先に湯船の中に使っていた。
「何だか変なもの見ちゃった……嘘だってわかってるけど」
 鼻のあたりまで顔をお湯につけ、ぶくぶくと泡を作っている。
「エースト、入るよ」
 そこに、ツヴァイが入ってくる。まるで女性のような体つきに、エストは思わず見とれてしまう。
「今更だけど、ツヴァイの身体って綺麗なんだね」
「何、誘ってるの?」
「さ、誘ってなんか」
 エストは顔を赤くする。今日一日の出来事を考えると、今のシチュエーションはよくないことかもしれない。
「そういうエストも、頑張ってるよね」
「?」
「肩幅とか、腹筋とか、腰回りとか。本当は戦いたくなかったんでしょ。知ってるよ」
 長い旅の間に鍛え上げられたエストの身体。華奢な身体だった幼少期を考えると、人一倍の努力をしていたんだなあとツヴァイはしみじみと思う。
「……そりゃ。ツヴァイがいなくなって、お屋敷も襲われて。心細かったんだ」
「……酷い話だよね。みんな死んじゃったんだから」
「……えへへ。でもね、あの話で、一路が元気になってくれたのなら、ボクは頑張った甲斐があるかなって」
「もう、一路を許すの?」
 一瞬エストは言葉に詰まるが、ゆっくりと縦に首を振った。
「ボクは一路が好きだから……変なとこもあるんだろうけど、でも、一路が好き」
 ツヴァイはその言葉を聞いて、笑った。
「ホント、お人好しにも程がある。まあ、そんなエストが、僕は大好きだよ」
「……ボクも、ツヴァイのこと、好き」


 その時、一路は戦慄していた。
「これ、何だよ」
 別のアニメの女キャラの壁紙は、あのいかがわしいエストのイラストに差し替えられ、一路のベッドの上には18禁の同人誌が置かれていた。メモ帳で書かれている文書には、こうあった。
『一路の趣味、エストに教えちゃった。でも僕も一路がこんな趣味を持ってたなんて知らなかったなあ ツヴァイより』
「……はは」
 一路は笑うしかなかった。




end.
――――
もしもゲームのキャラに自分の所持してる薄い本が見られたらどうしようって思った。


 
 
 

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