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影は永遠の闇と共に去りゆく(ジャンダー)
 戦場へ向かう兵士は、武器を持つ。守るために。勝利を掴みとるために。しかし、その理由がなくなった時、兵士はどう生きていくのだろう。


「難しい本を読んでいるのね」
 レディが声をかける。ジャンゴは読んでいる最中の本を閉じた。
「え、あ、いや、その……」
「若いうちから難しいことを考えなくてもいいのよ」
 そう言われることがわかっていた。指南書やモンスター図鑑ばかりに手を伸ばしているのは、年相応ではない。だからといって、知識がないと旅をするのは不安になる。ほんの少しだけでも、足しになればいいんだと。
 バツが悪くなり、ジャンゴは図書館を出る。することもないので、まっすぐ家に帰る。
 最近は争い事がぐっと減った。毎日が平和だ。たまに町の周りで変化がないかどうかを確かめると、武器は持たなくてもかまわなくなる。体がなまってしまうことを恐れてはいるが、この時が突然変異するような、そんなことは全く感じられなかった。永遠に続くと、信じられたのだ。
 夕食が済むと、ジャンゴはまた、家を出る。今までは、夜が怖かった。蝙蝠が群れを成して闇に溶け込み、グール達は自身の命の住処を探し求める。救うことがなかった魂達の、嘆き叫ぶ声が聞こえるようで。しかし、今は違う。ありのままの自分でも、しゃんと地に足をつけて立っていられる。夜風に靡くマフラーが主の成長を喜んでいる。元気に、舞い踊るように。
 軽やかなステップで町の通りを駆け抜けて、太陽樹の下で足を止める。満開の樹の下で、彼は待ってくれている。
「こんばんは!」
 無邪気に手を取ると、ジャンゴはその手を引いて、駆け出す。あまり町の近くでは、一緒にはいられない。遠くの丘まで向かって、そこから月を眺めるのが楽しみの一つだ。
「今日は、どんな話をすればいい?」
 誰にも見つからないような場所に着いて、ジャンゴは手を離す。
「キミが話したいことなら、ボクは何でも聞いてあげるよ」
 ダーインは、ジャンゴの無垢な笑顔に笑みと共に返す。ダーインもまた、平和な時を手に入れた。傷付けあって、大切なものを失いあう日々は過ぎ、永遠を代償に、一瞬の尊さを手に入れることが出来た。ただ、人のようには生きることが出来ない。中途半端に温かい感情を持ち合わせてしまっても、生きていく場所は闇の中。それは、変わらない。
「じゃあね、さっき図書館で本を読んでた時の話なんだけど……」
 難しい本ばかり読んでたら、司書の女の人に怒られちゃったんだ、という話。それに付随した何らかのエピソードを添えて、ジャンゴは楽しそうに話してくれる。司書の女の人は優しいけど、どこか謎のある人らしい。果物屋を営む女の子の拳は、とにかくこの世の中で一番痛いものらしい。
 それ以外にも、ジャンゴの考え方を知ることが好きだ。生きること。戦い続けること。悩むこと。悲しむこと。風景。人とのつながり。自分の力。両親。
 転んでも立ち上がればいい。擦りむいた膝には絆創膏を貼って、治るのを待てばいい。壁は壊したり、よじ登ったり、通り穴を探して向こう側へ行けばいい。様々な考え方。おもちゃ箱のようで、面白い。
 誰かを守り続けるため。自分が生き抜くため。戦うことは好きじゃない。いつか戦うことがなくなることを願う。強さの秘訣は、そんなところにあるのかもしれない。
 悩んだり、苦しんだ先には、きっと幸せが待っている。そこで折れてしまうのではなく、立ち向かう。花がそうだ。雨や風の日でも、花は負けずに天へ向かって凛と咲き続ける。眠りに就いて、蕾となって、太陽が顔を出す時また、その花を咲かせる。それと同じように、悩んだり苦しむことの先には、きっと希望がある。そう信じている。ジャンゴの姿勢には、頭が上がらない。
 殺風景な死の街。活気を取り戻した太陽の街。同じ時間、同じ季節を繰り返していても、見ている風景は全然違う。白黒の世界が、色彩豊かな世界へ変わったのだ。風景は、人の心ごと映し、彩っている。瞳の奥に焼き付けて、離さないようにすれば、いつだって思い出すことが出来る。荒んだ場所に存在した、花畑を発見した時の感動。砂漠の中で見る、蜃気楼の残酷さ。鬱蒼とした森に飛び交う蝶の可憐さ。無事に一日を終える町の灯り。経験にも直結する、思い出たち。ダーインももっと見てみたい、そう思う。
 人とのつながりは、あって損をするものではない。もちろん、大変なことは多い。ちょっとしたことで仲が悪くなり、口を聞かなくなったり、貶しあったり。それでも、いつかは謝って、仲直りが出来れば、また、絆は深まる。その手を取って、感じ合える。些細なことで誤解を招くことだってあり、裏切られたと憎しみを覚えることもあるかもしれない。それでも、また笑いあえるような存在に戻る。不思議なものだ。元通り、或いはそれ以上になるという絆の存在を、ダーインは今、確認する。
 太陽の力と、暗黒の力。二つを使いこなすことが出来れば、ジャンゴは無敵にもなれるかもしれない。ただ、暗黒の力は、恐ろしい。その力に飲み込まれそうになる。蟻地獄にはまってしまうようにズルズルと引き込まれ、いつか視界が暗転してしまうのではという恐怖感との戦いを抱え続けている。それでも、太陽の力だけでは敵わない力が沢山ある。いくら正々堂々と、真正面からぶつかったところで、あっさりと散ってしまうようでは話にならない。歯がゆいなあ、と本音を漏らす。ダーインは申し訳ないな、と思った。
 父も母もいない。もう、親の温もりに甘えることは一切できないと思うと、思い出だけでは辛くなる。しかし、俯いてばかりはいられない。先を見据えて、希望を従えて。ジャンゴや、サバタのような人生を送る人がいなくなるように、戦い続けるんだ、と。固い意志は、何があっても揺らぎそうにない。ダーインはまた、悲しみが加速する。


 時間が来たようで、ジャンゴは家へと帰っていった。ダーインは手を振って見送る。
 一人ぼっちになって、ダーインは今日のことを思い返す。ため息がまた、増えてしまった。
 ジャンゴは幸せそうで何よりだ。しかし、折角生かされてしまったこの命は、何一つとしてダーインの希望通りには動いてくれない。求めなければいいのだろう。求めてしまえば、いつかそれは失ってしまう。求めてしまうから、辛くなるのだ。
 知らず知らずに、闇は浸食している。独占欲に塗れた理性は、仕事を簡単に放棄してしまう。ジャンゴと一つになりたい。いや、それ以上なのかもしれない。ジャンゴの全てを自分のものにして、いつでも手に取れる場所で、観察できる距離で、声が聴きたい。幸せを掴んでみたい。希望を、抱きたい。
 身体が震え出す。こんなことは、初めてだった。
「会いたいよ……ずっとずっと……」


 ベッドに横になるジャンゴは、充実した一日を思い返す。また明日も元気で楽しい一日を過ごせるようにと、お月様にお願いをして、瞼を閉じる。
 たまには、皆で遊びに行きたい。お弁当を持ち寄ったりして。太陽が笑っていれば、ひなたぼっこをするのもいいかもしれない。平和を噛みしめるには、十分過ぎるだろう。今日はどんな夢が見られるだろうか。たまには、非現実的なものがいい。空を飛べる、だとか。
 そんなことを頭に巡らせながら、ジャンゴは眠りに就いた。
「おやすみなさい……」


 翌日の朝は、晴天であった。これ以上はないという程晴れ渡る空に、ジャンゴは腕を伸ばして「おはよう」と言ってみせた。
 朝は決まって、太陽樹の様子を見に行く。たまに朝露を手に入れることも出来るため、ジャンゴは急いで向かう。軽やかなステップは昨日と全く変わらない。鼻歌も交えて、満開の樹の場所へ、ジャンゴは辿りつく。
 そこで、ジャンゴは驚くべき姿を目にする。
「やあ、ごきげんよう」
 朝の陽射しを浴びるダーインが、そこに居る。
「ダーイン、どうしてここに?」
「話は後さ。さあ、こっちにおいで」
 状況が読めずジャンゴは戸惑うが、あまりここでダーインと一緒にいるわけにはいかない。ジャンゴは言うとおりに、ダーインの方へ歩み寄った。
 その瞬間、懐かしい狂気を感じる。引きずり込まれる、そう思った時には、もう遅かった。
 気が付くと、前も後ろも、上も下も、真っ暗な場所にいた。カツ、カツ、靴の音が響くだけ。
「やっぱり、ボクは命に替えても、キミを手に入れたい」
 背筋の凍るような、殺気。胸の奥が押しつぶされそうで、自分を律することで精一杯になる。平和ボケをしていると言われても仕方ないことに、武器も防具も一切装備していない。いざ、戦うとなると、圧倒的に不利だ。
「もう、キミに振り回されるのはたくさんだ……いっそ、キミごと死んでしまいたいんだ」
 冷たい腕が首に回る。ダーインは、もうジャンゴのすぐそばにいる。
「そんな、死ぬだなんて」
「でも、どうせ報われない関係なら、終わらせてしまいたいんだ」
 報われないって、どういうことだよ、そう言おうとしたジャンゴを、影から伸びた腕が掴んだ。
(そうやってもがき苦しんでよ! ボクのために、もっと、もっと!)
 ダーインの想いが強まれば強まる程、影は力を増していく。抵抗を続けるジャンゴであるが、全くこの状況を打破出来る見込みがない。影はジャンゴが伸ばした腕ごと、闇の中へと引きずりこんだ。
 影はジャンゴの力を吸い取っていく。身体から生気が引いていく。苦しい。そして、腕は自分の身体を握り潰そうと力を込めている。痛みは痛みで押し寄せてくる。
「こんなこと……やめようよっ……」
 ダーインは、すぐ傍にいるはずだ。ジャンゴは喉の奥から声を絞り出す。
(ジャンゴがボクに、温もりを与えたせいだ……ボクに、希望を持たせたせいなんだ……)
「でも……ボクはダーインと……ずっと一緒にいたいんだ」
(どうして……キミを苦しめるだけのボクに、そんなことを言われる資格はないのに)
「だって……せっかくまた、出会えたのに……もう、失いたく……ないんだ」
(それでも、ボクはキミを奪う。ボクのモノにしないと、ボクは、もう、辛くて苦しくて、仕方ないんだ)
 こうやって、また、壊してしまうんだな。ダーインは必死に抵抗しているジャンゴを見て、そう思うわけで。闇の中に心を置いておけば、嫌なことは全て忘れられる。葛藤、羨望、嫉妬。どれもこれも。全部。
 あの笑顔は、深海に沈めるための碇でしかなかった。ただただ、ダーインに欲求を増幅させるためだけのツールになってしまう。その笑顔を独り占めしたいという。
 それに、ジャンゴから大切なものをまた奪ってしまえば、ジャンゴはきっと、自分を許さないだろうとも思った。しかし、それでは、ダーイン自身の思いはきっと、伝えられない。同じ苦しむなら、自分の闇に塗れて、苦しんでほしい。
 求めれば求める程辛くなった。
 好きになれば好きになるほど苦しくなった。
 希望を掴めば掴むほど、絶望に打ちひしがれた。
 みんな、ジャンゴのせいだ。
 だから、もう一度、仮面を被る。
 幸せは必要ない。幸せは――。
「ダーインの、ダーインのバカ!」
 胸の奥が焼き焦がされる。ジャンゴはあの影から這い上がった。そして、深い闇を、解き放った。
 また、手を取られる。あの丘へ、連れて行かれる。
「なんて、悲しいこと言うんだよ! ボクには、ダーインも生きていて欲しいんだ!」
 消耗した身体。息は荒い。それでも、溢れだす想いを伝えることは出来た。
「ちょっとずつでいい、変わろうよ、きっと、変われるから!」
「うるさい! もうボクに構わないでくれ!」
 ダーインは、焼き付く太陽の下で、奥底から流れ出る闇を吐き出す。剣をジャンゴ目がけて、飛ばした。
「おとなしく、ボクと一緒になってくれれば、それでいいんだよ……」
 力なく倒れたジャンゴは、情けなくなって目を塞いだ。
「また、守れないんだ」
 闇は、どう取り払ってあげればいいのだろうか。ずっと、必死になって探してきたというのに、こうもあっさりと、闇に離れてしまったダーインを見て、無力さを感じた。
「……ジャンゴは、ボクを守ってくれたんだよ」
 虚ろな顔をして、仰向けに倒れたジャンゴを、ダーインは見下ろす。突き刺さった剣を、一つ一つ、抜いていく。
「守ってくれたから……助けてくれたから……ボクは、キミをもっと、好きになれたんだ」
 じゃあ、何故。ジャンゴは、伸ばせない手を、伸ばす。
「離したくない、離れたくない。でも、キミと、ボクは、一緒にはいてはいけない」
 ダーインは、ジャンゴの前ではいくら闇を従えても勝つことが出来ないことを思い知った。寂しさも、憎しみも、歪んだ狂気すら、ジャンゴは包んでいってしまった。今は、もう、ありのままの想いを伝えることしか出来ない。
「ごめんね。勝手に決めて……。でも、もうボクは、ジャンゴを傷付けないで済むから……幸せだよ」
 ダーインは、ジャンゴの耳元で、囁いた。
 ――さよなら、ジャンゴ。愛しいキミへ。ありがとう――


 目が覚める。
 ジャンゴはベッドから落っこちて、頭を打った。後から、痛みが追いかけてくる。
 夢か。とんでもない夢だ。ジャンゴは立ち上がろうとした。しかし、身体がそれを拒んだ。鍵がかけられているかのように、痛みで上手く、動かすことが出来ない。ふと、服から身体を覗き込む。グルグルに巻かれた包帯が意味するもの。ジャンゴは、その場に突っ伏した。


 数日後。
 日常生活には支障をきたすことはなくなった。雨の中、レインコートを来て、ビニール傘をさし、目的地へと向かう。あの丘に、用があった。
 あれから、ダーインは一度も、姿を現さなくなった。その理由は、明快だ。
 ダーインを再度、浄化したのは、自分だからだ。
 好きになれば、好きになるほど、欲しくなる。縛り付けたくなる。自分のものにしたくなる。それが、辛い。苦しい。ダーインの想いを、ジャンゴはわかってあげられなかった。それが、悔しい。
 もう、約束の場所に、二人は手を繋いでいることも出来なくなって。無垢な笑みを浮かべることもなくなって。希望を照らすことも、出来なくなって。
 ジャンゴは小さな木の棒を、風が当たりにくい場所の地面に突き刺す。また、マフラーのほつれた部分の糸を少し引っ張って、千切り取る。その糸を使って、棒に蝶々結びをする。
 ――やあ、ジャンゴ。元気かい――
 どこからか、そんな声が聞こえる気がして、「元気じゃないよ、誰かさんのせいで」と返してみる。
「今日は雨だから。濡れちゃうと、身体に悪いから」
 ジャンゴは、そこにビニール傘を置いた。恐らく、風が吹けばすぐに飛んで行ってしまうのだろう。それでも、ほんの少しの間だけ、雨をしのげたら、ジャンゴは思うわけで。
 離したくない、離れたくない。でも、離れなければならない。そんな物語に、したくはなかった。
「ごめんね。今度会えたら、その時は……」
 その先は言えなかった。


 帰りの道を歩くジャンゴ。希望は、失くさない。太陽を背に、前へ進んでいくんだと、決意を新たにする。
 水溜りに、影が映る。その影は心なしか、ジャンゴの姿には不釣り合いで、自分勝手に歩いている気がした。
「ボクは、ここにいるよ」
 ダーインは勝手にさよならと告げた。しかし、ジャンゴはバイバイとなど、一言も言っていない。
 おかえりなさい。不意に、そんな言葉が漏れた。
 帰ってきたわけでもないのに。




end.
――――――
まあ、まあ、まあ。
うん。まあ、うん。こういうのはこういうので。


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