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ハナノイロ
 寂れた廃墟に、色が戻りつつある、今日この頃。小さな花が地面から顔を出して、輝く太陽に向かって背を伸ばしている。
 ただ、ジャンゴには今、気がかりなことがあった。最近、ダーインの姿を見かけないことだ。
 毎日三十分ほど、待ってはみる。ダーインのことだから、背後に忍び寄って、こちらを驚かせようとしているのではないかと考えてはみるものの、現実はそうそう上手くはいかない。いつだってそこには、誰もいないのだから。
 今日も、寂れた小屋の壁にもたれ掛かって、首に巻いたマフラーを触り、時間の経過を待っている。何か悪いことをしてしまったか、ジャンゴは記憶を掘り返してみるものの、思い当たる節がない。もしかすると、ジャンゴ自身が気付いていないだけで、ダーインを傷付けていたのかもしれない。それは仕方のないことと片付けてしまうのは簡単だ。ジャンゴとしては、それは嫌だった。自分の非を認めようとしないように思えてしまうから。
 少し暑くなってきた昼下がり。季節外れのマフラーを外すことはしないが、首回りは時期を考えてくれと叫んでいる。
「どうしちゃったんだろう」
 ぽつり、ジャンゴは呟く。この声が届いてダーインが現れるわけではない。風に掻き消えて、遠い遠い世界の果てへ飛んでいくだけだ。
 ふと、足元を見る。右足の踵の傍に、一輪の花が咲いていた。中心の黄色と、周りを彩る沢山の白い花びら。凛と立っているそれは、しょげた顔でダーインを待つジャンゴを励ましてくれているように見えた。
「僕は大丈夫だよ。それよりも、ダーインの方が心配なんだ」
 この花は何も口にしない。もし、ダーインを見かけていれば、教えてほしいななんて、どうしようもないことを言いかけて、飲み込んだ。ただ、小さな花のように、胸を張って待ってみよう、そんな気にジャンゴはなった。


 その日から、毎日ジャンゴは、あの花の隣でダーインが戻ってくることを待った。晴れの日はもちろん、雨の日も、ジャンゴはダーインが濡れて帰ってきた時、一人で寂しくならないようにと、レインコートを着て、傘をさして待っていた。
 あの花はいつだって元気に咲いていた。強い風が吹けば、緑の茎ごと折れてしまいそうな細い身体。それでも、諦めずに咲き誇る姿に、ジャンゴは勇気づけられる。
「君は、誰かを待っているの?」
 何となくそんな気がして、ジャンゴは不意に問う。もちろん返答はない。
 ダーインが早く帰って来てくれれば、この花のことを教えてあげよう、そう思っている。傘に当たる雨音が、そうだねと同意してくれているようだった。


 ダーインが帰ってくる前に、花は折れていた。地面に落ちた蕾が、泥にまみれている。
 ジャンゴは悲しくなって、泣いた。
 勝手に自分が思っているだけだが、一緒にダーインの帰りを待っていた。一緒に、ダーインを迎えたかった。
 そんな日に、ダーインはふらふらと戻って来た。
「やあ、ジャンゴ。久しぶりだね」
 何も知らないで、そんな言葉が溢れた。もちろん、ダーインはきょとんと、ジャンゴの顔を見る。
「何も知らないで……ダーインの、ダーインのバカ!」
 ジャンゴは泣いて、ダーインの身体に飛びついた。勢いに負けて、二人は倒れる。
「ど、どうしたんだい……」
「いつもは僕のこと追いかけまわすくせに、肝心な時はどうして現れてくれないの!」
 ダーインの胸を叩く。ジャンゴは涙の粒を落として、奥歯を噛みしめた。
「ジャンゴ……」
「ずっと……待ってたのに……」
 取り乱すジャンゴにダーインは慌てて、言う。
「あ、あ、ごめん……。それで、お詫びって言ったらなんだけど、綺麗な花を見つけたんだ」
 そう言って、ダーインは一輪の花を取り出した。
「ジャンゴみたいだなって思って」
 それは、折れてしまった、ずっとダーインを待っていた花と、同じ花だった。




end.
――――――
何という名前か忘れましたが、花言葉は「誠実」らしいです。


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あきゅろす。
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