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音のない世界(まなりさまへ)


 一人の少年は尋ねた。


「音のない世界って、どんな場所なんだろうね?」


 少年の瞳に、自分の顔が映る。少し目の下にクマが出来ていて、疲れているように見えた。


「ん〜、やっぱり、寂しいところなんじゃない?」


 明るく答えた言葉に中身は全くと言っていいほどない。スカスカな骨みたいに、叩くと崩れそうで、脆く感じる。


「そっかぁ……でも、ユーリもフレンもリタもジュディスもみんな、あったら行きたいって」


 ユーリやフレンは、半分冗談。リタは思春期だから。ジュディスは、どうなんだろう。
 少なくとも、俺は行きたくない。


「エステルと、少年の未来の花嫁には聞いたの?」


 一歩ずつ、少年の世界へ足を踏み入れる。


「エステルは嫌だって。ロマンチックですけど〜とは言ってたかな。それと、未来の花嫁って、茶化さないでよね」


 これくらいがちょうど良かった。探ったところで、少年に激しい怒りも深い悲しみも現れることはない。


「にしても、何で、音のない世界について聞いたの?」


 一番尋ねたかったこと。
 音のない世界に興味を持つなら、俺はそれを否定するしかないだろう。手が自然に、胸の辺りへ移動する。


「夢を見ない日について考えてたの。その時って、自分の意識がないでしょ? もし意識があったら、どう感じるのかな、と思ったんだ」


 相変わらずの、不思議な世界。そこに惹かれているわけだが、少年の言葉がどこか懐かしく聞こえる。
 もしかすると、俺も少年と、同じような時を過ごしていたのだろうか。


「でも、おっさんはいやよ。音のない世界に行っちゃったら、少年の声が聴けなくなっちゃうでしょう?」


 きっと、子供が考える世界とは違うのだと、思う。
 少年は、音のない世界を、異世界にあるか、人の幻想だと思っているのだろう。
 でも、それは違う。音のない世界はすぐ近くにある。


「だから、茶化さないでよ〜。でも、ボクもみんなの声が聞けなくなったら嫌だなぁ」


 少年はあからさまに嫌がる顔をした。しかし、少年が思っているほど、その世界は浅くない。


「ホント、変なコト考えちゃダメよ」


 一筋の風が吹いた。少年の瞳は自分を捉える。そして少し身体を傾けてきた。


「そんなこと言うなんて……いつものレイヴンじゃない」


 刹那、少年の涙が、自分の手の甲にポタリと落ちる。
 泣いていた。少年は、我慢していた感情を溢れさせた。


「ボク、わからないんだ。みんなの考えてること。たまに、感じるの。みんながいるのに、凄く遠くにいるような……そんな……」


 二人の心情に似合わない空の色。晴天の青い空が寧ろ寂しく感じる。
 少年は、肩を丸めている。何も気付かず、自分の事ばかり考えていたことが馬鹿馬鹿しかった。


「ごめんな、カロル。不安にさせるような事言って」


「ううん、レイヴンは謝らないで……ボク、もう大丈夫だから……」


 たいてい、少年の「大丈夫」はそうではない。
 笑いたくないだろうに、笑みを作ってほしくない。そこまで背伸びをしなくても、自分がその目線に合わせればいいのだから。


「いつもいつも、背伸びばっかしなくてもいいのに……」


「そんなこと言わないで……ボク、もう12歳だよ」


 もし、今もカロルに親がいたら、この言葉を聞いてどう思うのだろう。
 何歳でも、自分の子供は子供なのだ。だから、ありのままでいてほしい。あるがままにあってほしい。


「そっか……ホント、強い子ね」


「そんな、ボク、まだまだ強くないよ」


 ああ、辛い。
 ああ、幸せ。
 これほどまでに、近いなんて。幸せなのに、辛いなんて。


「その強いじゃないって」


「え、何? どんなの、それ?」


 レイヴンは、もう一度空を見た。青過ぎる空は、瞳を逸らさせる。眩しくて、ただ、どこか温かくて。優しくて、穏やかな気持ちになれる。
 その理由はもう一つ。
 隣にいる、カロルの存在。この空と同じくらい澄んだ心に触れるだけで幸せだった。


 ――ボク、ずっとみんなといたいなぁ……。


 広い空へ、その言葉が放たれる。風がまた、二人の間を吹き抜けた。




end.
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まなり様、リクエストありがとうございました。
えと、結構シリアスというか、ネガティブ路線に走っています。
書き直し等、あれば言ってください。

リクエストありがとうございました!

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