Starting over
今日も、ベンチから声援をおくる。
そんな西広の心に、少しずつ欲求が形成されてきた。試合に出たいという、強い願いが。
しかし、現実は厳しい。
スターティングメンバーの9人との実力差は歴然としている。練習試合で出ることはあっても、公式戦で出ることは少ない。いや、練習試合ですら、出場の量は少ないかもしれない。
だから、試合に出たくなる。
投げて、打って、走って、守って、実に楽しそうだ。自分があの場に居たくて堪らない。
今日は他校との練習試合。7回表まで終わり、1−0で西浦がリードしている。
7回裏、西浦の攻撃。
2アウト、ランナー2塁に水谷を置いて、バッター三橋。
3塁のコーチャーボックスにいる西広は、監督のサインを確認する。
サインはヒッティング。
7回までの三橋の球数が56球。三橋のスタミナを計算に入れても、まだ大丈夫だろうというところだろうかと、西広は考えていた。
カンと、金属音が鳴りつづける。三橋は粘っていた。
フルカウントに持ち込み、10球も投げさせている。相手ピッチャーにとっては迷惑で仕方ないだろう。
そして、11球目。
変化球がすっぽ抜け、ど真ん中に投じられた。
カキーン。
芯に当たったボールはセンターへ勢いよく転がる。
水谷はもちろんスタートしていたため、センターが捕球する前には3塁ベースを蹴っていた。
誰もが、タイムリーだと思っていた。
センターからの返球が、ストライクでキャッチャーに渡る。
水谷はブロックをかい潜るようにベースへスライディングしたが、キャッチャーの堅いブロックに阻まれた。
「アウト! チェンジ!」
まさかと、思った。
しかし、野球とはそのようなものだとも思った。
誰もがAだと思っていることでも、結果はBだった、なんてよくある話だ。
そして、もっと予定外のことが起きた。
「いててっ! やべぇ……」
ホームベース上で水谷が呻いている。クロスプレーの時に、何かがあったのだろう。
「大丈夫か? とりあえずベンチまで……三橋! そっちの肩、支えてやってくれ!」
「あ、うん!」
一先ず、水谷を二人でベンチへと運んだ。
「うーん、骨が折れてるとか、そんな大層なことじゃないけど、無理はしないほうがいいかもね」
監督の言う限りでは、軽い捻挫らしい。ただ、今日、無理をさせて怪我を悪化させるよりは、大事をとったほうが良いということらしい。
「西広君! あなたが代わりに行きなさい!」
「はい! …………ええっ!?」
青天の霹靂とは、正にこのことを言うのだろう。
「わりぃな。オレのグラブ、使ってくれていいから。頑張れよ!」
ああ、と、気の抜けた返事しか返せなかった。
とりあえず、レフトの守備に就く。太陽の光が少し眩しい。
この回も、三橋はポンポンと2つのアウトを取った。このまま三者凡退で、裏の攻撃へ弾みをつけたいところだった。
次のバッターも初球を打ち上げる。
その飛球はレフトへ飛んだ。
西広は少しずつ後退する。
「このあたりだよね……にしても……あっ!?」
先程気になった、太陽の光。
ボールは意外に、西広の手前で失速した。
ランナーは3塁にいた。
ただのフライが、ポテンヒット、それも、スリーベースになってしまった。
その後、三橋は四球を出す。1、3塁の場面で4番に回って来た。
相手の4番は初球をうまく流す。ライン際に落ちたボールにはフェアが宣告された。
タイムリー2ベース。
試合は振り出しに戻った。
「ごめん、三橋! せっかく0点で抑えてたのに」
ベンチに戻ってすぐ、西広は三橋の元へ行き、頭を下げた。
「大丈夫、だよ! みんなでまた、1点、取るから!」
三橋は、真っ直ぐにそう言った。周りを見渡せば、誰も嫌な顔一つしていなかった。
野球、やろうぜ。
皆の顔が、そう言っていた。
8回裏と9回表は、三者凡退で終わった。
9回裏は、4番の田島から。
西広はベンチからいつもの如く、声援をおくっていた。
田島は初球をいきなり打つ。
打球は右中間を破る2ベースとなった。
「ナイバッチー!」
ベンチから声援が飛ぶ。田島は手を振って返した。
「西広くん! ヘルメット!」
「え、あ、そっか! ありがとう!」
5番、花井の場面。
ボールが先行する。
結局、フォアボール。事実上の敬遠だった。
「なんかキンチョーして来た……」
ネクストバッターサークルに入る西広。
バッターには6番の泉。
少し外野が前進する。
1点もやらせないためのシフトだ。
泉は粘る。
相手ピッチャーは意外とコントロールが良かった。なかなか、甘いゾーンには投げてこない。
結局、粘りに粘った結果、詰まったセカンドゴロとなった。しかし、ランナーは進む。1アウト、ランナー2・3塁になった。
そして、バッターは7番、西広。
手が震えた。
とりあえず、短くバットを持つ。
監督からは、待球のサインが出ていた。
初球、2球、続けてボール。
3球目はストライクだった。
監督のサインをまた確認する。
それは、"打て"のサインだった。
一つ、呼吸を入れる。
肩の力を抜いて、しっかり地に足をつける。
(サードランナー! 田島を絶対ホームに返してやるぞ!)
田島の目を見る。
冷静さを少しずつ取り戻すと、体が楽になった。
ピッチャーが投球動作に入る。塁上の二人は少し離塁した。
球はどんどん外角へと落ちていく。
バットが素直に出てしまったが、食らいつくしかなかった。
(いっけぇ〜!)
バットと共にボールが飛んだ。フラフラとボールが宙を舞う。
「落ちた!」
三橋の声が西広の耳に届く。
「まさか……サヨナラ?」
とぼとぼと1塁ベースを踏んだところで、それは確信に変わる。
自分のところへ駆け寄るナインたち。そのまま、あっという間にもみくちゃにされてしまった。
今日は、ベンチスタート。
でも、いつ仕事が回ってくるかはわからない。
と、思えるようになった。
今、野球をしている。
end.
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西広君がメインです。
最後まで西広君がメインです(笑)
きっと、練習試合とかはちょこちょこ出てるのだとは思いますが、その量自体はそんなに多くないと思ったので、今回の文章を考えました。
あまり注目されていないというか、大体試合はコーチャーボックスに立っているところくらいしが見ないのですが、そんな西広先生に脚光が当たってくれる日を待っています。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
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