第二話1
湿らせたハンカチで軽く濡らし、乾いたタオルで上から叩くという応急処置を施して、ドレスをベランダに干す。
部屋に入るなりアンナちゃんがいきなりドレスを脱ぎだしたのには驚いたが、それだけ愛着を持っていることが伝わってきた。
「晴れてるからすぐに乾くと思うよ」
下着の上に私のコートを着ているだけのアンナちゃんに告げる。風は少し冷たいが、空は晴れて日差しは温かい。
ふと、視界の端に何か赤いものが映った。気を取られてそちらを向くと、それは人の形をして、激しく動き回っていた。
ベランダの柵から乗り出して、目で追う。
沢山の赤い人々が、戦い合っている。目を凝らすほど遠くはない。
あれは、八田さんだ。
赤いオーラに包まれた男たちがじゃれ合うように楽しげに、戦っていた。
「何? あれは……?」
赤いオーラは能力の徴。赤は第三王権者の色。赤のクラン、名は……
知識を探り思考を巡らす。覚えておけと渡された資料。
このバーの名前はなんだった?
どうして気付かなかったのだろう。ここは、赤のクラン吠舞羅の本拠地だ。
柵を掴む手が震える。
喧嘩している赤のクランズマンたちから目を離せないでいる私の服の裾が、小さな力で引かれた。
振り返れば、紅玉の瞳と目が合った。
検分するように、アンナちゃんは私を見つめる。
まただ、見えない手に胸の内側を触られたような心地。
アンナちゃんの左目の奥に、小さく紋章のようなものが見える。これが、彼女の能力。心を探る力。
彼女には、私の心が見えているのだろうか。いや、それはないだろう。
「まだ乾くまで時間かかるから、中に入ろう」
声を掛けると、アンナちゃんの瞳に意識が戻ってくる。アンナちゃんは頷き、踵を返す。
胸の中央に触れる。怯える気持ちを鎮めるために、服を強く握った。
ベッドに腰掛けているアンナちゃんの隣に、私も座る。
「シュリは、不思議」
アンナちゃんが呟く。不思議だと言われたのは初めてだ。
「何も見えない。温かい光だけ、感じる」
いつの間に出したのか、アンナちゃんは真っ赤なビー玉を手にしていた。それを左目の前に翳す。ビー玉を通して、アンナちゃんと目が合った。
見えない手が胸に触れる。先程より力強く。
しかし、それまでだった。
「ごめんね」
目を臥せ、小さく謝罪する。隠し事をしていることを後ろめたく思う。
「言わなくていい」
アンナちゃんは、膝の上で組んでいた私の手に、その小さな手を重ねた。縋り付くように力を込める。
彼女は気付いている。しかし、あえて沈黙を守り、私を受け入れてくれた。
小さな少女の優しい行動の理由に、しばし思いを馳せる。縋るように掴んでくる小さな手に、答えがある気がした。
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