第一話5
私のリュックを背負い、スケボーを小脇に抱えた八田さんに連れられ辿り着いたのは、一軒のバーだった。おしゃれな看板には『HOMRA』とある。
八田さんは躊躇なく扉を開ける。おしゃれなバーなど入ったことのない私は、怖じけづきながら彼に続いた。アンナちゃんと繋いだ手に緊張で少し力がこもる。
「ただいま戻りました」
外観に違わず中もおしゃれな店だった。ゴロツキがたむろしていなければ。
「やっと戻ったか。なんや八田ちゃん、遠足帰りの小学生みたいな格好やな」
私があえて言わなかったことをどうして言うんですか、という言葉は口の中に留めておいた。
バーのマスターの言葉を受けて、店にいた男たちが一斉に笑う。やめて下さい。そのリュックは私の全財産なんです。
八田さんは怒りでふるふると体を震わせ、リュックを床にある程度の高さから落とした。その音で店が静まり返る。それ私のリュックです!
「今笑った奴ら全員、表に出ろや!」
八田さんは親指でドアを示す。荷物が危ない!
私は慌ててリュックに飛び付き、壁際に避難する。
八田さん、笑ってる。
ぞろぞろと男たちが出ていくのを見送ると、店の中にはマスターと数人の大人しげな男たちだけが残った。マスターが原因なのに、いいのだろうか。
窺っていたらマスターと目が合った。微笑まれる。大人の余裕だ。こりゃ喧嘩に参加などしないはずだ。
「お嬢ちゃん、そんなところに立ってないでこっちに来ぃや」
優しげに声を掛けられてしまった。カウンター席に座るよう指で指示される。
ハッとして、辺りを見遣ると、アンナちゃんは二階へ続く階段の中腹にいた。
私を待っているのだ。
「すみません、アンナちゃんとの約束があるので」
「あぁ……かまへんかまへん。とりあえずお嬢ちゃん、名前だけええか?」
「弥栄珠里です。すみません、お邪魔します」
リュックを持って階段に向かう。
「弥栄ちゃん、アンタその荷物、家出やろ」
心臓が飛び出るかと思った。マスターは私の態度で確信したらしく、愉快そうに笑う。
「行く宛てはあるんか?」「いえ……」
俯く。逃げ出したい。
「ならしばらくここに泊まればええ」
驚き、顔を上げる。マスターは笑顔だ。
「男ばかりのむさい所やけど、堪忍な」
「いいんですか? どこの馬の骨とも分からない女ですよ?」
「変な言い方すな。事情、訊かれたいんか?」
「いえ……」
「アンタのことはアンナが信用しとる、だからかまへん」
「そう、ですか……ありがとうございます、えぇっと……」
「草薙出雲や」
「草薙さん。それじゃ、失礼します」
一礼して階段に向かう。途中、アンナちゃんに不思議そうに見上げられる。
「一緒に住むの?」
「そうみたい」
苦笑い。でもアンナちゃんは嬉しそうに見えた。
「行こっか、案内して?」
アンナちゃんは首肯し、私の手を取った。好かれていると思って、良いのだろうか。
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