第一話2
こんな狭い路地を真昼間から使う人なんていないだろう。
私は慢心していた。
路地に置いたリュックの上で自室のソファに座っているかのようにすっかり落ち着いてしまっていた。
だから後ろから、どん、となにかがぶつかってきた時、とっさの反応が遅れた。
慌てて立ち上がり、何が衝突したのかと振り返れば、それは小さな女の子だった。銀髪の超絶美少女だ。
紅玉の瞳と目が合う。
心に触れられた気がした。
一瞬の沈静。
遠くで誰かの呼ぶ声がして、美少女の意識が逸れる。表情には出ていないが、すごく焦っているようで、ちらちらと後ろを気にしている。
「あ、ご、ごめんねっ」
慌ててリュックをどかそうとするのだが、腕に力が入らない。重い、流石全財産。
リュックに悪戦苦闘している間に、辺りからせわしない足音がたくさん近付いて来る。ちょ、ちょっと待って!
私が重たいリュックをようやっと退かした時には、路地の後ろからも前からも、柄の悪い男たちにすっかり囲まれてしまっていた。
完全に巻き込まれてしまった。美少女も私の後ろに隠れている。
リーダー格らしきガタイのいい金髪サングラスの男が、一歩前へ出る。
「アンナちゃん、突然飛び出したりして、どうしたんスか?」
美少女はアンナちゃんという名前でこのゴロツキたちと旧知の仲らしい。俄かには信じ難い。
男が意外と紳士的に話し掛けても、アンナちゃんに反応はない。私の後ろに隠れるばかりだ。
「えぇっと、アンナちゃん? こちらの方々はお友達?」
アンナちゃんはふるふると首を振った。え? 違うの?
「アンナちゃん、そりゃないッスよ! 帰りましょう! キングも心配しますよ?」
キング、という言葉に反応したらしい。アンナちゃんの肩がぴくりと震えた。
決意が揺れたらしい。乙女心だ。
「えぇっと、嫌がる女の子を無理矢理連れてくのは、よくないと思います」
「アンタには関係ないでしょう。それとも邪魔するんスか? ああ?」
おっと威圧的。紳士的なのはアンナちゃんにだけらしい。
アンナちゃんが私の服を掴む腕にも力がこもる。どうしよう、アンナちゃんを連れて逃げ出すべき? しかし私にはリュックという手放すことのできない重荷があるためこの案は現実的ではない。
「アンナちゃん、帰りましょう!」
金髪サングラスが更に一歩踏み出す。この体格なら私なんて一捻りだろう。怖い。アンナちゃんも更に私に隠れる。絶体絶命、かもしれない。
「おい! てめぇら何してんだ!」
轟く一喝。救世主のお出ましだ。
「八田さん!」
「くぉら鎌本! お前何こんなところで油売ってやがる!」
男達が道を開けた先から現れたのは意外なことに小柄な少年だった。紺のニット帽を被り、男たちに睨みを利かせる。乗っていたスケボーを器用に蹴り上げ小脇に抱える。
金髪サングラスもとい鎌本が彼の眼光にたじろぐ。そこまでの威光がある風貌とは思えないのだが、男たちはみんな恐縮している。
「こんだけ雁首揃えて女一人連れて来れねえで」
「でも、八田さん。アンナちゃんならそこに」
そう言って鎌本は私を指差す。正確にはその後ろのアンナちゃんを。
「あ?」
八田さんもこちらを向く。私も怒鳴り散らされるのかと思って身構えたのだが、八田さんは硬直して、それから鎌本を怒鳴った。
「女に手ぇ出してんじゃねぇ!」
「手は出してませんよ!」
慌てて否定するが八田さんは鎌本の後頭部を容赦なく殴る。
そして八田さんは全員を一カ所に集めて恫喝し始めた。路地の後ろから来ていた人も慌てて出てきたので結構な大所帯が通りで説教をされるというよく分からない構図になっていた。
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