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欲しかった言葉


何故だか、今日の夜はなかなか寝つくことが出来ない。いつもより、運動量が少なかったから眠れるほどの疲れがないのかもしれない。
疲れきらなければ眠れない。それが最近の自分なのだと、自分の体だからこそ、分かる。

空っぽの部屋を抜け出して、星の下に立つ。
月は、雲に隠れて見えない。星の頼りない小さな光だけが道を照らす。少しでも先を見れば真っ暗で、闇が広がっている。その闇からは恐怖を感じる時もあったが、どこか落ち着きを渡してくれるような気がした。
ただ一つ、余分な足音を除いて。

「いい加減、出てきたらどうなんだ」
「あ、バレてたんだ」
「やっぱり、ユウリ」

これでもこっそり抜け出したのに、と声のした方を見ながら、眉を寄せる。そこにあるのはもう見慣れてしまった人。

「そんな顔すんなよ、可愛いらしい顔が残念になるよ、イリア」
「何の用?」

ふざけた言葉は軽く流す。なぜ、こいつはここまで私に構うのだろう。今まで出会った他人のように、放って置いてくれてもいいのに。独りになっても構わないのに。そして、こんな暗さでも何故私の表情が分かるんだろう。

「いや、どこに行くのかなーと思って」
「ストーカーか」
「ちげーよ、馬鹿!」
「どうだか」

ふん、と鼻を鳴らしてみせる。とはいっても、一人だけでいた部屋から出てきたのだから、音で目覚めさせた訳ではない。偶然見つけただけなのは本当なんだろう。
それでも、どこか疑う気持ちが残ってしまう。卑しい、荒んだ心はそう言えと囁いている。おまえなぁ、という声が聞こえた気がしたが改めて訊くこともなく無視してしまった。

「なんか、消えてしまいそうだったから」

けれど、その言葉に今度は耳を疑った。好奇心を燻らせる、不思議な単語。

「あ、いや、なんとなく、だよ?」

そう弁解されたものの、いまだ意図は掴めない。そのままだととってもよいのだろうか。

「お前の方が溶け込んでる。顔しか見えないし」
「えっ」

正確にいうと、肌しか見えなかった。ラフにしていたためか、グローブも上着も脱いで、下に着ていた黒いインナーとズボンだけで。彼の特徴の黒髪もどこまでの長さなのかも分からない。どちらかというと、かなりの長髪を巻き付けているように見える。

「ホラーだな」
「うるせー。そういうことじゃねぇよ」
「私の方が白い服だし、肌のロシュチュ……」
「噛んでやんの〜」
「黙れっ」

彼が横に並ぼうと歩くのを眺めながら、会話をする。けれど、それが突然止まる。何かまずい事を言ったか、と顔を改めて見る。この暗さでも体の輪郭がはっきりと分かる距離だ。

「もっと素直になればいいのにぃ」

にっと笑って手が伸びる。何、ときく前にあっという間に捉えられる。そのまま、ぐしゃぐしゃと頭をかき混ぜられた、だけ。叩かれるのかと思って身をすくめた自分が恥ずかしい。

「やめろ、エロオヤジ!」

その恥ずかしさの分も含めてその腕を軽く払う。ぺちん、といい音が鳴った。

「お、おや……!? 年は変わんないだろ!」
「うるさい! 知るか!」
「あぁそう、照れてるのねぇ!?」

意地になったのか、闘争心に火をつけてしまったのか。やりしぎたと後悔する暇もなく、ガバッと今度は抱き締められる。動けなるくらいに固く、強く。逃れようと下がる度に、腕が食い込みように、きつくなっていく。同時に、これが男の力だ、といわんばかりに筋肉質な暑い胸板と力強い腕力を感じさせられる。

「ちょ、何す……」
「素直に嬉しい、って言えば離してやる〜」

何言ってるんだこいつ、と思いいつ、これぐらいで動きを封じられるはずがない。一応、命の危険のある修羅場を潜り抜けてきたのだ。

「ぬるいわ!」

鳩尾に拳を送り込む。何もつけていない素手なのがせめてもの救いだと思って欲しい。

「あがっ……」

離れて欲しくて力を込めたのだから当然、彼は痛む箇所を抑える。冷静に、距離を置き、様子を伺う。その間もあう、と何回もかすれかすれ呟いていた。
落ち着いてきたとこを見計らって、

「酔ったのか?」

と聞く。これぐらいしか人が暴走する理由が思い付かなかった。

「いや、素で、これです……」
「変態」

痛さでなのか、精神的な方なのかは分からなかったが、彼が涙目になっていたような気がした。さすがにこれ以上は酷いかと言葉は控えておく。唸っている姿に罪悪感が沸くが、そこをさすってやるほど優しい人間ではない。まぁそんな人間は最初からこんなことしないが。
やっと完全に痛みが引いたであろう時、彼が頭を振りながら言った。

「ああもう! そうじゃなくて! ……一つ聞いていいか?」
「何?」
「なんでそんなに馬鹿なの?」

何をこいつは言い出すんだろう。つい眉を潜めしまう。

「おまえ、も」
「ん?」
「今の私を否定するのか……?」

表情を見られないように俯きながら、それでも彼の様子を伺う。

「違う」
「……じゃあ!」

一言で何かが溢れだしそうになる。
抑えてはいけないけれど、迷惑をかけてしまいそうな感情。独りになった時から抱えていた、醜い感情。

「じゃあなんで!」
「無理、してそうだから」
「……!」

あまりの驚きに何も言えなくなってしまう。どういうこと、と聞こうとした時、それを遮るように言うのだ。真面目に、けれども優しげな微笑みを浮かべながら。


「今のイリアも好きだよ」





欲しった言葉
(どうして、この人は私の事を知りすぎてるの?)



2009.5.9



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