今日は比較的に暖かい日だ。寒すぎず、暑すぎず、ちょうどよい気候。声をあげて背伸びするのにも心地よい。 「ふぁ」 そのせいか少し眠い。 今日中に何かしなくてはならなかったけれど、もう忘れた。知らなかったことにする。 「なぁ、カレン」 が、それも後ろからの声と強く握られた手に遮られる。 「なによ、イリア」 イリア。そこにいる彼女の名前だ。隠してることはお互いあるものの、比較的に仲が良い少女。青空色の、もう女として許せないぐらいに左右に跳ねた短い髪の持ち主。 「いっつも思うんだけど、何でそこだけぴょんぴょんしてるのよ」 「癖毛」 「髪は洗ったらちゃんと乾かして入ればいいのに」 「だから癖毛」 「少しはマシになるよ?」 「癖毛は直らない」 「……もう、いい」 「?」 ピシャリと有無を言わせないしゃべり方に何処か負けたような気がした。同時にきょとんとしながら掴まれていた手が離される。 「で、何か用?」 「あ、あの……」 その手を胸の前に持って来て頬を染め始めながらもじもじとし始める。ブーツもあるのだけれど、彼女の方が背が高いのに幾分か小さく見えた。普段のよくフンフンとクソの別名を言いながら、人を小馬鹿にしたように鼻で笑ってふんぞり返る姿からは想像できないほどに。 「チョッ……、チョコレートの作り方、教えて、欲しいなぁ、って……、思って」 最後は消えそうに、吃りながらお願いされる。 チョコレート、と小さく呟いてみる。 「あぁ、バレンタイン!!」 勢いよく蘇る記憶。バレンタインさんの処刑日兼女の子のビッグイベント……!! それを忘れてしまったことに後悔した。声もつい荒げてしまう。 「ちっ、ちがっ!! そんなんじゃないから!!」 それに反応し一気に真っ赤になったイリア。今度は手を開いてひらひらと振る。分かりやすい反応だ。 「んで、誰に渡すの?」 「いやっ、プレゼントじゃなくて、依頼品というか」 「誰に渡すの?」 「とっとと友達として、だよ? 別に変な意味じゃ……」 「だ・れ・に?」 「……ユウリ」 ぽつんと出された解答に、やっぱり、とほくそ笑む。といっても彼女の話し相手などユウリしかいないのだから当然なのだが。二人の会話を想像すると何処か微笑ましい。 「まぁ、良いわ。早目に作っちゃいましょ」 思わず出た笑みを息を吐き出すことで誤魔化しながら言ってみる。 「助かった」 彼女も、同じようだった。 そこからは少しバタバタとしていた。時間がなかったこともあったのだけれど、早く渡したいという気持ちが勝っていたから。 作り方は失敗したくない、ということもあり、簡単に市販のチョコを溶かして手を加えて固めるということにした。慣れがないこともあって時間もかかり、つい必死になってしまった。 その間に、ユウリがイリアにチョコを頼んだことを聞き出した。黙って待っていても貰えそうなのに、と呆れそうにもなる。どこからどう見てもお互いを想い合っているくせに。けれど、彼女も彼も一歩を誰かに背中を押してもらわないといけない性格だったことを改めて思い知った。 「家族以外に今まで一度も貰ったことがなかったんだって」 不意に、楽しそうにちょっと虚しさを感じさせる事をさらりと言った。あの男は何が目的でそんなことを伝えたのか。もしかして初めてアピールで構って欲しいのかしらなんて脳裏をよぎってしまう。そんなことをよそに、彼女の顔はまさしく"恋する女の子"になっていった。きっと、その時の彼の仕草と声を想っているんだろう。 「じゃあ今度も貰えないわね」 「え? 今作っているけど……」 「渡す前にあんたとユウリが家族になるんでしょ」 「ぇあ!?」 からかうと面白いぐらいに慌ていた。 あとは、 「刺激的に、って言われちゃったから〜」 とるんるんしながら何やらよく分からない物体を放り込んで行く姿を見てしまった。憎むなら自分の発言を憎めと、ベイセル用の分を死守しながらメッセージを送っておいた。 「じゃあ、いいわね?」 「あ、ま、待って、心の準備が……」 「知らないわよ」 「うぅ……」 ――コンコン。 固い木製の彼の部屋の扉を叩いて反応を待つ。はい、と小さい声が返り、隙間から見馴れた顔のベイセルが現れた。同時に奥にはユウリがにたにたしながら座っていたことを確認した。 「ああ、カレンとイリアか」 二人だけ、と訊く彼の声を遮り、 「ちょぉっとこっちに来てね〜」 と引っ張り出す。戸惑ったようだけど大人しく従ってくれた。次にその空間へ、イリアを押し込む。 「頑張ってね〜ん」 「う、うん」 癖毛が扉の縁を擦っていくのを見てやっぱり髪はちゃんと乾かせと言いたくなったがぐっと我慢する。 彼女がユウリ、と呟いたことを見届けたあと、ベイセルの手首を強く握って走り出す。少しでも知り合いから離れるために。表向きの理由は二人っきりにさせるためにしておきながら。 「こっちこっち。空気読みなさいよ」 「わ、わかったから」 誰も居ない、静かな廊下になったことを確認し、すうっと息を吸いこむ。 「は、はい、これ!」 叫びに近いひっくり返った声が出る。自分がこんな高さの音を出せることに妙に感心してしまう。けれど、言ってしまったものは仕方ないと諦め、背中に隠していた綺麗にラッピング済みのチョコレートを渡す。 「え、これって……」 「イリアと作った時のおまけで」 「イリアと!?」 「作った場所だけが同じだけだから!!」 その一言で空気が和らぐ。 素直に気持ちを伝えきれなくて出来た"今までの関係"を破壊してしまいそうな空気が紛れる。 といっても、彼もイリアの料理という地獄への入り口を知っている一人だ。悲鳴のリアクションをとっても無理はない。一口だけ間違って食べてしまって悶絶しただけだけど。 「ありがとう」 そんな考えを打ち消すように、ふわりと、優しく、笑って言われてしまう。 その姿にやっぱりこれが何の為のものなのかを伝えようかと思う。でも勇気が僅かに足りないし、恥ずかしいし、何よりこの関係がやはり心地よい。 「さ、そろそろユウリたちを覗きに行きましょ」 この場を作ってくれた彼女に感謝した。 キューピット!? (誰が誰のだなんて分からない!) 次の日、ユウリが体調を崩し、イリアがつきっきりで看病しているという。 「激しいプレイのあとには医者プレイだなんて……!!」 「下痢だって言ってたよ……」 ‐‐‐‐‐‐‐‐ バレンタインということで…… カレン×ベイセル、イリア×ユウリです。 2010.2.14 〔TOP〕 |