短編
強さ-D兄弟
常夏の気候のこの島で、セミの声なんて聞き慣れ過ぎて気にも留めない。
だけど夕暮れに、どこか物悲しく鳴く蜩(ヒグラシ)の声だけは、エースは耳を傾ける。

木々の間から吹く風が、彼のクセのある髪を揺らす。
一日の終わり。
カラスが群れをなして空を渡る。
──そろそろ、帰るか。

地面に視線を戻すと、「いててて…」と細い身体が動いた。
「150戦150敗だな、ルフィ」
エースはニヤニヤ笑って弟に声をかける。
「あーっ!おれまた敗けたのか?くっそ〜!」
跳ねるように起き上がる。良かった、怪我は無いようだ。
近頃本気を出さないと、手加減も難しくなってきた。
「もう一戦やるぞ!」という弟をなだめて、帰途につくことにした。


夕闇が差し迫り、二人の影も森の影に溶け込んでいく。
「ちくしょ〜。おれ能力者なのに、何で勝てねェんだろ…」
「お前、ゴムだからって油断しすぎだ。腕伸ばす時に身体が隙だらけだぞ」
「え!?そうなのか?」
エースは頷き、横に並ぶ弟を見下ろす。

「拳ならいいが、刃物だったらイチコロだ。あとパンチの打ち方もワンパターンだぞ」
「そうかー気づかなかった。やっぱエースはすげェや!」
無邪気な笑顔につられて笑う。

今は弟と呼ぶこの少年を、ジジイが連れてきて何年になるのか。
修行に明け暮れる日々の辛さを忘れさせてくれたのは、常にこの笑顔だった。

「あ〜もっと強くなりてェ!」
「随分強くなったじゃねェか」
「まだまだ!エースにせめて一回は勝たないと…」

急に足を止めてじ〜と見てくる弟に、どうした?と聞くといきなりペタペタ腕を触ってきた。
「な、何だよ」
「ん〜。おれもこのぐらい筋肉付いたらいいのになぁ…」
今度は自分の腕をペタペタしだした。
「鍛えてるのに、細いよなー。もっと肉食わねェとダメかなァ」

エースは苦笑し、背中を促して再び歩きだした。
「そういう体質だろ。お前は身軽さを生かしてスピード重視でいけばいいさ」
「うん、わかった!あ〜腹減ったな〜」
言うと同時に腹が豪快に鳴り、兄は吹き出した。



肉食獣が10頭ぐらいで平らげそうな食卓を綺麗さっぱり食べ尽くし、
風呂を浴びてすぐに床についた。
二段ベッドの上に弟、下が兄だ。

開いた窓からは夜の空気に乗せて虫の声が聞こえてくる。
上からいつものイビキがしないと思ったら、ふいに弟が話しかけてきた。
「エース、起きてるか?」
「ああ。どうした」
「…あと4ヶ月したら、17歳の誕生日だよな」

驚いた。あの数字に疎い弟が、そんな事を覚えていたなんて。
「それがどうかしたか?」
「…行くのか」

弟らしからぬ、静かな声。
エースは小さく息を漏らし、ベッドの天井を凝視した。
「ああ、行くよ」
「………」
「なんだ、寂しいのか」
茶化したような声で聞くと、上で身じろぎする音が聞こえた。

「違う。勝ち逃げされたくねェだけだ」
明らかにふて腐れた声に、兄は微笑した。

「3年後にお前も海に出て、おれを追いかけてくればいいさ…」
その時は仲間に──言いかけたがやめた。

海に出て…どんな世界が待つのか想像もつかない。
二人の立場がどうなるのかも──もしかしたら敵対する可能性だってある。

同じ獲物、ワンピースを狙う海賊になるのだから。

「…エース、おれ強くなるからな」
「ああ。そうだな」
「もしエースに何かあっても、助けられるぐらい強くなる」
兄は目を見開き、半眼になった。
「おいおい、そりゃねェよ。弟のクセに生意気言うな」
「弟だからだ!」
上のベッドからびょんと、弟が首を下げてきた。

「おれたちは何があっても、ずっとずっと兄弟だからな!」
「…ルフィ…」
「おやすみっ!」

首が引っ込み、わざとらしいイビキが響いてきた。
「………」
エースはしばし呆気にとられていたが、すぐに苦笑の声を漏らした。
──おれを助けるとか…弱虫のクセに…

だが心は、愛しさと温かさでいっぱいだった。

あと四ヶ月したら、小さな島から大きな世界へと旅立つ。
グランドラインに入れば、弟と再会できる可能性なんてゼロに近い。
それどころか、海賊になれば命だって…

だがエースには確信があった。
──おれたちはきっと、また会う事が出来る。
この世でたった二人の兄弟だから。

寝返りをうって、枕に頬を埋める。
微笑を浮かべ、心地よい眠りに落ちていった。




おわり
(09.10.20)

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あきゅろす。
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