雲が月を隠し、帳が下りたように辺りが暗くなる。 真雪がその闇に意識を奪われていると、視界から彼等は消えていた。 すると真雪の背後から、低く穏やかな声が聞こえてきた。 「お嬢さんどうかしましたか?雨降る夜更けに傘も差さずに、……随分ずぶ濡れですね」 ゆっくり振り返ると、先ほどまで視界にいた傘を差したスーツ姿の人が後ろに立っていた。 いつの間に後ろに回ったのだろうか、二十歳代後半の端正なマスクに黒髪のオールバック。 時折雲の切れ間から差す月光で眼鏡が光り、スーツ姿とも相俟(あいま)って、大人っぽさに妙な色気を感じた。 「あ……の…」 「見ていたんですか?」 真雪は目の前の得体の知れない人物との話をしている間耳鳴りに苛まれ、今にも瞼が閉じてしまいそうな感覚になった。 「……はい」 「困りましたね」 青年の声は困ったとは言っておらず、穏やかな声で眼鏡の奥の瞳を細めた。 表面上は温和に見える男だが、どこか冷徹な空気を感じさせた。 「私も……殺して」 真雪は込み上げて来る苦しさを胸に当てた手で押さえ、大きく息を吸って堪える。 「どうしてですか?」 取り巻いていた冷たい空気が一変し、青年は困った表情で笑った。 しかしそれはとても綺麗な顔をしていて、さっきまで見ていた情景はまるで嘘のようにさえ思えてきた。 「この世に…未練なんてないんです。私の居場所……なんて」 この言葉を最後に、真雪の意識は遠ざかっていった。 言えなかった言葉を、脳裏に浮かべながら。 “ただ……死にたいんです…”……と。 |