夕食の時間になり、それぞれがダイニングテーブルについた頃になって漸く真雪が姿を現した。
「真雪、具合悪いんだって?大丈夫なのか?」
真雪の体調が悪いと聞いていた和泉はサラダを口に運びながら、動揺を見せる真雪に話しかけた。
「え、具合……、あ、はい……。大丈夫、です」
「ふーん。顔赤いけど、熱でもあんの?」
訝しげにするも心配そうな和泉は、ジロジロと真雪を見る。
「そ、そうですか?そんな事ないですよ」
和泉に悟られぬように真雪は平静さを保とうとして、足早にキッチンへと向かった。
盛り付けられた料理を運ぶためトレイを持って凜の隣りに立てば、先ほどまでの情事を思い出し、鼓動と呼吸は否応無しに早くなる。
凜との約束――、普通にしなければと思えば益々緊張してしまい、なかなか言葉を発する事が出来ず。
「……夕食、手伝えなくてすいませんでした」
遠慮がちに話す真雪は、小さな声で凜だけに聞こえる様に呟いた。
「……気にするな、もう身体は平気か?」
「……大丈夫、です」
料理が盛り付けられた皿をトレイに乗せながら、いつもと変わらぬ様相に少し安堵しつつも、皿を持つ凜の長い指を見て触れられた感触が記憶を掠めた。
顔が赤くなるのを抑えて深呼吸をし、料理をテーブルへと運んだ。
「真雪、本当に顔が赤いですね。熱でもあるんじゃないですか?」
熱くなる頬に気がつきながらも、それぞれの席に皿を並べていれば、榊の手が真雪の額に伸びた。
「ひゃ……ぁ!」
「真雪……?」
「あ、私、まだ具合悪いみたいです……。すいません、もう少し横になってきます」
自分の発した声に驚き、トレイをその場に置いて真雪はリビングを出て行った。
部屋に戻った真雪は、早鐘を打つ心臓を押さえベッドに横たわった。
「どうしよう……、凜さん見ただけで胸が苦しい。凜さんは普通にしてくれてるのに……」
これからの生活に一抹の不安を覚え、大きなため息を吐いた。
モヤモヤとする心と身体に頭がついて行けず、ただベッドでその身を持て余していた。
小一時間も経った頃、心配そうする住人達が代わる代わる真雪の様子を見にやって来た。
だいぶ落ち着く事の出来た真雪は普通に話をし、心配をかけた事をそれぞれに詫びた。
「明日になれば、きっと大丈夫……だよね」
気分を一新させるため、シャワーを浴びようとベッドから下りた時、部屋をノックする音が聞こえた。
――そして。
「真雪、俺だ。入るぞ」
突然の凜の来訪に、先ほどまでの落ち着きがなくなり、ベッドの横で立ち尽くしてしまった。
「さっき飯食わなかったから、軽い物作って来た」
「は、あ、ありがとうございます……」
尻すぼみな声を出し、真雪は自分の足元へと目を泳がせる。
部屋に入った凜はサンドイッチとカップスープを乗せたトレイを置いた。
真雪を横目で見れば視線が絡まり、顔を真っ赤にさせている。
「真雪……、そんなに顔を赤くさせていたら、他の奴等にバレるぞ」
余裕を見せる凜は笑みを漏らし、立ったまま動けないでいる真雪に近寄った。
「凜さんばかり、どうしてそんなに余裕なんですか?どうしたら……、そんなに普通でいれるんですか?」
一瞬呆気に取られる凜は小さく息を吐いて、真雪の頭を撫でた。
突然の事に驚き身体を揺らすが、大きな手が触れると情事の熱が蘇るようで顔が朱に染まる。
「俺が余裕に見えるか?」
「はい……」
「真雪みたいな若い奴に俺の動揺を見破られるようじゃ、情けないからな」
意味がわからない真雪は少し顔を上げ、視線を凜の顔に合わせようとした。しかし凜は真雪の手を掴んで、自分の胸に押し当てその上から掌を重ねた。
手から伝わる激しい鼓動に、真雪は勢いよく顔を上げた。
「本当は心臓が壊れそうだ。見た目の平静さはいくらでも取り繕えるが、ここばかりは難しいな」
凜は嘲笑すると重ねられた手を離すと、そのまま真雪の手も力なくずり落ちてしまった。