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願い叶う時
不器用な男1


かなりの時間を要し、漸く浴室から出て来た芳乃は少しばかり立腹した様子だ。

芳乃は眉間にシワ寄せたまま障子戸を強く開き部屋に入ると、頭を下げる雪代が芳乃を迎い入れた。
表情なく冷静な朱旺は芳乃に続いて部屋に入り芳乃の座った隣に立つと、腰を据えたままじりじりと逃げて行った。

強引に事を運ぶ朱旺に対し芳乃は敵意を剥き出しにして、近付こうものならそれと同じ歩幅分、座ったまま後ろに下がる。
そんな具合に朱旺と芳乃の静かな攻防戦は水面下で行われていた。

距離を測る芳乃が横目で覗き見れば、鋭い目付きで眉を寄せている朱旺が不機嫌な顔をしている。


「どうして逃げる。」

「当たり前でしょ!」


どちらとも引く気配もなく暫く睨み合いが続いたが、諦めたのか朱旺は煙草盆の側に腰を下ろし煙管に火を灯した。
依然険しい表情のまま紫煙をくゆらせ、白い煙を細く吐き出す。


「お茶をいれますね。」


静かな部屋に、雪代が立てるお茶の音だけが響く。
それは芳乃の心を落ち着かせ、緊迫した空気が少しずつ薄れさせてゆく。

差し出されたお茶に手を出そうとすると、朱旺の煙管が灰吹きの縁を叩き高い音を立ててその火を落とした。


「芳乃、暫く屋敷内に止まっていろ。俺が一緒のときは良いが、一人で庭に出るな。」

「どうして?」

「何でも良いから、俺の言いつけを守れ。」


命令口調で理由すら話さない朱旺に、芳乃は眉根を上げた。
いつも通り過ぎの朱旺の自分勝手な言い分に、芳乃はなかなか慣れる様子をみせない。

黙っていられないのは、芳乃も同じ。


「そんな理由もなしに言われても私も困る、朱旺の管理下に置かれるなんて真っ平。朱旺はその横柄な態度を見直した方が良いよ。」


芳乃は強く言い放ち、長い髪を靡かせて鼻を鳴して部屋から出て行った。
追い討ちをかけるように大きな音を立てて閉められた障子戸は、反動で僅かに隙間が出来る程だ。


「・・・子供染みた真似を・・。」

「素直に言って差し上げればよろしかったのでは?」


至って冷静に話す雪代は、朱旺に静かに意見する。


「下手に話した所で怯えさせるだけだ。」

「ですが・・・、あのように芳乃様がご立腹なされるのであれば、意味のない事ではないでしょうか。」

「あれも性格だ、仕方あるまい。」

「朱旺様が気になる方は、気が強くて困りますね。」

「・・・・・。」


朱旺は雪代の台詞に応える事はなく、小さく息を吐き出しゆっくりと立ち上がった。


「見回りをしてくる、芳乃を頼んだ。」

「畏まりました。」



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あきゅろす。
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