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願い叶う時
閑人5


盛大な水飛沫と共に、芳乃の悲鳴が辺りに轟く。
その芳乃の声で小鳥は慌てたように大きく羽ばたき、芳乃の肩から離れて行った。


「・・びちゃびちゃー。」


そこは大きな池で、水面ギリギリの場所には霞みがかかっていて鏡のような反射は見ることが出来ない。
小さな置石に縁取られたその池に、芳乃はものの見事に落ちて尻餅をついていた。

それほど深くないのか、芳乃が座っていた所で胸の高さまでの水深でしかなかった。
しかし底が浅かろうがずぶ濡れなのは変わりなく、差し出された朱旺の手を取り立ち上がった。


「鳥に一生懸命になっていたお前に気を取られていた。」

「・・・・。」


自分の不注意で落ちたのだから朱旺には何も言えず、ただ小鳥のいなくなった肩が少しばかり寂しく感じていた。

ぐっしょりと濡れた浴衣は身体に纏わりつき、前に結ばれた帯まで見るも無残な姿になっていた。
衣類を着たままの水浴びほど不快な事はなく、例に漏れず芳乃も具合の悪そうな顔をしている。


「風呂に行くか?」

「行く・・・・、どこもかしこもびちゃびちゃで気持悪い・・。」


朱旺に伴われ、芳乃はその場を後にした。
水を含んだ浴衣は重くなり、芳乃の歩くスピードを遅いものとする。

もともと歩幅も歩くスピードも違っていた二人の差は、目で見てわかるほど開いていく。
朱旺は芳乃の気配が遠ざかった事に気付き足を止め振り返ると、着崩れた浴衣を手繰り寄せて歩く芳乃が必死に歩いている。

思わず顔が綻ぶ朱旺は、来た道を戻り芳乃に近寄る。


「俺が手伝ってやる。」

「え・・、何を・・・・って・・・、嫌ー!」

「何を遠慮する。」

「そう言う問題じゃなくてッ・・、だから、恥かしいの!」


真っ赤な顔で芳乃は肌蹴そうになる浴衣を寄せ、抱きかかえてくる朱旺を睨みつけた。


「いつになってもこれでは湯を浴びる事は出来ないから、俺が手伝ってやると言ってるんだ。」

「私の話聞いてる!?恥かしいの、この格好!」


朱旺は芳乃の言葉に耳を傾ける事無く、無言で歩き始めた。
愚痴を垂れ腕の中で暴れる芳乃を諌めることもせず、浴室へと向かった。

浴室に辿り着くと、漸く芳乃は朱旺の腕の中から解放された。

濡れた浴衣はまだたっぷりと水分を含んでおり、帯の結び目が固く引き締まっている。
芳乃は結び目に指を入れ帯を解こうとし、ふと自分以外の衣擦れが聞こえ後ろに振り返った。


「・・・出て行ってよ・・、・・って言うか、何で朱旺まで脱ごうとしてるの!?」

「お前を抱き上げたから濡れてしまった。」

「・・・・だったら、違う所で着替えれば良いじゃない。」


着物を脱ぐ朱旺を見てしまった芳乃は驚いて視線を前に戻し、動揺を隠そうと努めて平静さを装った。


「俺も湯を浴びる。」

「ちょ・・、冗談じゃない!」

「つべこべ言わず、さっさと行くぞ。」


淡々と話す朱旺に自分の落ち着きは瞬く間に奪われ、芳乃は裸の朱旺の背を見送った。



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あきゅろす。
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