願い叶う時 正体 朱旺は乱れた着物をそのままに、布団に包まれた芳乃の隣に潜り込んだ。 それを不服とする芳乃は逃げようとするが、朱旺の腕は腰に絡められ動かせないでいた。 「人間の寿命は短い、だから少しでも人間の世界で芳乃を自由にしてやりたかった」 「寿命が短いってわかるなら私をここから出して!私の人生……返して、記憶を…皆に返して……」 芳乃は涙を流し朱旺の胸を力一杯叩いた。 朱旺は抵抗もせず、涙を流し睨みつける芳乃を瞬きもしないで見つめる。 その後すぐに芳乃は手で顔を覆い、嗚咽を上げ始めた。 何も喋らない朱旺に芳乃は身体を捻って背を向け、思い切り泣いた。 「芳乃は俺の精を受け取った、俺から精を受け取る限りお前の命は永らえる事が出来る。それに奪った記憶は戻せない、…お前はこの狭間の世界で俺と生きてゆくしか道はない」 「…命を永らえる?狭間の世界…って、何……それ」 「厳密に言うならここは人間の世界と、神界の間だ。それにこの辺り一帯の土地は俺が守護している、言わば土地神のようなものだ。俺の精を注がれる限り、お前は俺と共に生きる事が出来る」 突然話される話に、芳乃は泣くのを止め朱旺に振り返った。 「朱旺が…神様?」 「遠い古の時代からこの辺りを守護している白狐だ」 芳乃は幼い頃に見た大きな白い狐を思い出す。 あれは朱旺のもう一つの姿なのだと。 そして、それと同時に不満が膨れ上がってくる。 今自分の頭を優しい手つきで撫でる、朱旺に対して。 芳乃の人権などまるで無視したような理不尽な行動に、大きな声を上げた。 「そ…、その神様がどうして私をこんな酷い目に合わせるの!」 「またその話か」 腕枕で芳乃を見下ろす朱旺は眉をしかめ息を吐いた。 そんな態度が芳乃の怒りに火をつける。 「神様は人を守るのが役目なんじゃないの!?それなのに私に――ッ…いた…い」 「俺にはお前が必要だったからだ、どうしても芳乃が欲しかった」 身体を丸め痛みを訴える芳乃から離れ、朱旺は服の乱れを直した。 「……あまり興奮するな。身体に無理をさせたんだ、もう休め」 障子戸に手をかけ、朱旺は振り向かずに後方に居る芳乃に話しかけた。 「この屋敷には結界が張ってあるから、逃げようなんて馬鹿な考えは起こさぬ事だ。ま…、出れた所で次元の歪みに投げ飛ばされて迷うだけで、困るのは芳乃だけなのだがな」 喉の奥で笑う朱旺は静かに戸を閉め、芳乃の部屋から出て行った。 [*前へ][次へ#] [戻る] |