美咲の声に動きを止めるセンリは振り向き様に見えた、アレスの表情に驚いた。
中性的で綺麗な顔立ちでいながら、瞳ばかりが狂人のように歪んだ色をしている。
吊り上った口元は薄く開かれていて、赤い舌が見え隠れする。
アレスの笑みは薄汚れた感情を表しているようで、センリは僅かに寒気を感じた。
「初めましてセンリ。俺はアレス・サザーランド、希望の光を手にする者だよ」
「――ッ!?」
掴まれていた肩に伸びていたセンリの右手目掛け、アレスは透き通った刃を突き立てた。
センリは眉をしかめ痛みに歯軋りしていると、アレスは美咲を拘束していた手を強めて自らに引き寄せた。
「美咲は絶対に渡さない。これは俺のモノだ」
緩んでいた表情から一転して、アレスの顔は鋭さを増した。
大事な宝を奪還しに来たセンリに対し憎悪を膨らませ、敵意を露にする。
アレスに負わされた傷から焼けるような熱が込み上げ、血を吸った服が肌に張り付く嫌悪感に臍を噛む。
美咲はそんなセンリを見ていられなく、苦悶の表情を浮かべて顔を背けた。
「美咲は私の命。それをそう易々と渡すつもりはありません」
「なら、センリを殺してしまえば美咲は誰のモノでもなくなるわけだ。それにセンリがいなくなれば美咲も諦めがつくだろうし」
「あなたの思う通り、簡単に事が運ぶかはわかりませんが」
「刃が刺さったままの腕で何が出来ると思う?」
すでに勝ち誇った顔でいるアレスは美咲を後ろから抱きすくめて顎を掴んだ。
鮮血が腕から指先へと伝い落す、傷ついたセンリを強引に見せ付けた。
「その腕では得意の鞭も上手く振るえないだろう?美咲もそう思うよね。俺に逆らわない方が身のためなのは、教えたもの。わかるよね?」
「――ッ、いやっ!…はっ、…く……ァ…」
アレスが掴んでいた顎先から細い首に手を移し、やんわりと締め付けた。
美咲が肯定する事がないと知っているから、力で主従の関係を身体に叩き込む。
センリも美咲も傷つくであろう屈辱的な場面を想像し、アレスはほくそ笑みながら徐々に手の力を強める。
「……その手を離してください。今すぐに」
センリはその場から微動だにせず、射抜くような眼差しでアレスを睨む。美咲の影に隠れるようにしていたアレスはセンリの視線を跳ね返し、挑発的に笑みを浮かべた。
「ああ、心配しないでも良いよ。大丈夫、殺しはしない。……今は……ね」
アレスの言葉に、センリは咄嗟に眉を吊り上げる。
腕の痛みなど忘れさせる、危険な言葉。
「今は……と言いましたか?その意味は一体どう言う事でしょう」
「別に、そのままの意味だけど?」
「美咲に牙を剥くというのなら、私はそれに抗いましょう。むやみやたらとそのような言葉を口に出さないでいただきたいですね」
美咲の消失しかけた意識でも、センリの怒りを肌で感じる事が出来た。
それほどまでに、センリを怒らせた。
初めて見るセンリの底知れない怒り。
しかしセンリの元へ再び帰れるかもしれないと言う一縷の望みを胸に、愛する人の名を呟いて瞼を閉じた。