道化の国
偽り1
温かだった美咲の体温を懐かしく思いながら、ひんやりとする美咲を抱き締めて眠るセンリ。
脳裏に焼きついた輝く瞳を想い描き、またあの笑顔を取り戻せる時が来るのかと不安に苛まれ、苦しい思いを胸に徐々にまどろみの世界へと旅立つ――。
重苦しい空気が心の重圧と似ていて、息苦しさを感じながら椅子に座るセンリ。
落ち着かない気持ちがセンリの腰を上げ、真っ暗な暗闇の中、何処ともわからない場所を手探りで惑い彷徨う。
飢えた心はセンリの身体を自然動かし、当てもなくただ美咲を欲する本能のまま足は進む。
美咲を失い、心の闇に捕まった。
光が差し込まない夢の中、センリは悲痛な声を上げる。
「――美咲…」
拳を強く握り足元に視線を落としていると、何もなかった気配が不意にセンリの近くに感じられた。
「センリ」
下方へ落としていた視線を僅かに上げ、声のする方に顔を向けた。
微笑みを湛えた美咲が闇の中に浮かび上がっていて、穏やかな光の色を纏いセンリに近付いて来た。
「…美咲!」
美咲の腕を力強く引き寄せ、センリは腕の中に収めた。
温かな体温に柔らかな感触が夢ではないと実感させ、一時でも離れるのが嫌だと言わんばかりに抱き締めていた。
「良かった…、無事だったのですね。美咲、ずっと……貴女に逢いたかった」
愛しそうに頬を摺り寄せ、髪に何度も唇を落とす。
五感全てを使い美咲の所在を確かめるセンリは、何も喋ろうとしない美咲から身体を離して顔を覗き見た。
「美咲、顔を見せて…声を聞かせてください」
両頬を掌で包み込み、センリは目を細めて美咲を見つめる。
「私も、逢いたかった」
美咲は嬉しそうな笑みを見せセンリに抱きついて腰に手を回した。
飛び込んできた身体を抱き留め、センリは美咲の髪に顔を埋める。
センリは久しぶりに感じる美咲を強く抱き締め、瞼を閉じて温もりを堪能する。
笑みを見せていた美咲は袖に隠し持っていた小さなナイフを静かに抜き取り、逆手に握り切っ先を目標に向けた。
「私、欲しいモノがあるの…」
「おねだりとは珍しいですね、一体何が欲しいのですか?美咲の望みなら全て叶えてあげましょう」
キスを求めるように顔を上げた美咲に気付き、センリはゆっくりと顔を近づけた。
屈み込むセンリの首筋目掛け、暗闇に鈍く発光するナイフが高く掲げられる。
「貴方の…、センリの命」
唇を重ねる寸前で呟かれた美咲の言葉と同時に、振り上げられていた凶器が牙を剥く。
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