道化の国
宣告2
「そんな事…しないで…」
「じゃあ、センリの代わりにマスカーレイドが良いかな?ああ、そうだ。マスカーレイドはユリアに、ユリアはマスカーレイドに裏切られる夢を同時に見せてみようか。それも自分が最もされたくない最高の裏切り方で」
アレスは美咲の顔を覗き込んで声を弾ませた。
試すように目を細めて見つめるアレスに、美咲は声を詰まらせる。
答えられない選択肢に、唇を固く結んで目を閉じる事しか出来ない。
「ねぇ、どうする?」
「…っ、それも…止めて…。どうして……そんな事」
押し黙る美咲の耳元で囁けば、漸く言葉を紡ぎだす。
懇願する美咲を他所にアレスはほくそ笑み、抱き締めていた腕を緩めて、右の掌を天に向け何かを呼び寄せるように指先を軽く動かした。
誘われたのは水の粒。
その水が細長い形に集中すると、氷のような透き通った刃となってアレスの右手に握られた。
「大事な友達、傷つけたくないよね。……やっぱりセンリしかいない」
否定したくとも逃げ場の失ってしまった美咲を前に、アレスは追い討ちをかけるように呟く。
これから起こる事に困惑を隠せない美咲は小刻みに身体を震わせ、姿の変わり損ねた水滴を目で追った。
アレスは左手を前に突き出し生白い腕を美咲の前に見せ、今しがた出来上がったばかりの研ぎ澄まされた刃を押し当てた。
「夢と現実の狭間に生きる俺の…、代々受け継がれるサザーランドの血が夢に真実を与える」
紅い血の色が白い肌に線を描き、滴り落ちる寸前に腕を振り上げて水鏡に向かって血をぶつけた。
流れ落ちる水の幕に触れた血は紅い波紋を浮かび上がらせ、清涼だった水面が一瞬にして紅く染る。
しかしそれは僅かな時だけで、すぐに元の水の色に戻った。
「センリには苦しんでもらいたいからね」
腕に残った傷を舐め唇を血に塗れさせたアレスは美咲の顎を押さえ、口付けをした。
重ねられた唇に吐き気が込み上げる美咲はアレスの胸を押し退け身を捩ろうとするが、差し込まれた舌から血の味が伝わり眩暈を覚えた。
「夢の中の美咲は、どうやってセンリを殺すか……楽しみだね」
かぶりを振り続ける美咲は声を発する事なく、アレスの言葉を否定する。
気分が悪くとも、否定しなければアレスの言った事が現実となってしまいそうで、気力を振り絞って何度も首を振った。
「センリは逃げられないよ、俺が用意した悪夢からは」
静かに涙を流す美咲を抱き、小さく萎縮する身体を腕に収めて首筋に唇を押し当てた。
「センリの夢の中には、俺が作り上げた美咲が住み着いているよ。だから逃げられない」
掠める舌や熱い唇は美咲の身体に戒めを残す。
水が落ちるばかりだった水の幕が色をつけ、ぼんやりとした明るさを放ち始める。
「ほら、始まるよ」
施される恥辱。
俯き耐える美咲に、アレスは頬を寄せて開始の声を上げた。
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