道化の国
宣告1
「センリの側から一人いなくなったね、美咲」
水の幕に映し出された映像の隅に目線をくれる美咲は返事をせず、生気のない瞳を伏せ目がちにしている。
「美咲がいない今、心の支えは仲間だと思うんだよね。センリの性格じゃ敵は多くても、味方は少ないだろうから孤立した時、どうなるだろうね?」
美咲を煽りたいのか、言葉を続けるアレスは表情を窺いながら問いかけるが、美咲は顔を上げようとも声を出そうともしない。
面白おかしそうに話すアレスではあったが、その顔からは徐々に表情が消え失せた。
「美咲の反応も見たいんだけど……、やっぱり心を閉じたままじゃ駄目か」
先ほどまで余裕をくれていたアレスは美咲の顎を指先で上げ、強引に視線を合わせるようにした。
しかし視線が合っても美咲はアレスを見ようとはしていない。
微かに眉根を寄せるアレスは美咲から視線を逸らし、水が流れ落ちる水鏡に目をやった。
「仕方ない……な」
不意に口角を上げ、再び美咲に瞳を合わせた。
上向かせた顎先から下に、剥き出しとなった首に唇を寄せ耳元に上らせる。
「さぁ美咲、心の瞳を開けて…。一時だけ覚醒させてあげるよ」
顎に添えられていた指は美咲の頬に滑り、掌で目の前を覆い隠す。
「可愛い美咲、君はどんな顔をするんだろう。焦燥するセンリを前に助けることも出来ず、打ち砕かれた希望を前にどんな顔をするんだろう」
美咲の目の前にあった掌が滑る様に髪を梳き、後ろ頭を撫で下ろす。
閉じられた瞼がゆっくりと開き、視界にはアレスが笑みを湛えて美咲を見つめていた。
朦朧とした意識は次第に鮮明になり、共に蘇ってきた不安感から恐怖が捲り上がる。
「…や…だ、やだ…、私…、まだ夢を見てるの…?」
混乱する美咲は咄嗟に立ち上がろうとするが、アレスに後頭部を押さえつけられそれすらままならない。
離れたくとも力の入らない四肢ではどうする事も出来ず、顔を掌で覆い隠すだけで精一杯だった。
「どうして隠すの?美咲の顔、よく見せて」
怯え悲壮感を漂わせる美咲を満足そうに眺め、アレスは美咲の手を取り払い覆われていた顔を露にさせた。
「今から楽しい夢が始まるよ。美咲が逢いたくてたまらない、センリの夢」
アレスの横で力なく暴れる身体を包み込むように抱き締め、美咲の後ろから囁く。
「美咲がセンリを殺す夢をね」
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