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道化の国
記憶の中の


暗く深い海に落ちて纏う水が五感を支配し、ゆっくりと身体が沈みゆく。
意識があるのかないのか、それすらもわからないほど混濁した美咲の脳裏、深遠の先に垣間見えた一人の男。

しかしそれとは裏腹に、すぐさま歪んで切り替わる姿。
優しく温かみを感じる男から、獲物を見るかのような無情な瞳の男へ。


「アレス…」


怯える美咲の目の前には妖しい笑みを湛えるアレスが、ただ黙ったまま手を差し伸べて立っていた。
自分の意思とは反し、恐怖に縛られた身体が吸い込まれるようにアレスのもとへと重い足を引きずりながら歩み寄る。


「そう…、いい子だね」


美咲の取った行動に満足げに微笑むアレスは重ねられた手を握り、海中を浮遊し月影が映る海面へと出る。
表情のない美咲はぼんやりとした瞳で細い月を見つめ、アレスに抱かれる腰に違和感を拭いきれないでいた。


「…私の中に誰かがいるの…。何処か懐かしい、とても温かな感じの男の人…」


美咲の独り言とも取れる言葉に、その顔は穏やかさを溢れさせていた。
アレスは一瞬だけ眉をひそめるが、それを悟られぬよう意味ありげな瞳で美咲に視線をやった。


「ねぇ美咲、これから面白いモノを見せてあげようか」

「面白いモノ…?」

「…美咲が俺だけしか考えられなくなるように、美咲を哀しませる元凶に悪夢を見せてあげるんだ。愛憎と絶望、猜疑に苦しみながら衰弱していく場面を…。ね、美咲。考えただけでもゾクゾクしてこない?」


美咲はアレスの細められた瞳を眺めていて、目の前で語られる言葉を鈍る頭で聞いていた。
アレスの言っている意味など理解できなく、ただ楽しそうに話す横顔を今にも遮断してしまいそうな意識の中、その姿を捉えるだけで精一杯だった。

海面すれすれに立つアレスは美咲の身体を引き寄せ、更に密着させる。


「これから始まる悪夢を一緒に見ようか」


アレスの問い掛けに美咲は黙して語らず、何の反応も見せない。
つまらなさそうに顔を逸らしたアレスは手を振りかざし、海上に鋭角に切り取られた一画を作り上げた。

現れたフィールドは硬質な床で一面覆われ、そこに降り立ったアレスは目の前で手を振りさばき水を引き寄せた。
出来た水の幕は水鏡となり、そこに映し出されたのは抜け殻となってしまった美咲の身体に寄り添い眠るセンリ。


「邪魔だね、本当。でも、センリには何もしない。まだ……ね」


ほくそ笑んで美咲を見れば水鏡から零れた雫を目で追い、センリの様子など見ていない。
生気のない美咲に若干の苛立ちを覚えるが、アレスはその怒りを水鏡に込めた。


「周りから追い込んで、絶望に堕ちたアイツに最期を見せてやるさ」


アレスは指先に水の玉を乗せ、そこに細い息を吹きかけ水鏡にぶつけた。
水の玉が水鏡に触れて弾けた瞬間揺らぐ波紋となって、センリを映し出していた映像が消え騎士に囲まれたマリカが映し出された。


「美咲、一緒に見よう」


楽しそうに声を出すアレスが下方に向けて手をさばけば、追従する水が楕円に膨らんで形を留めている。
そこに座りゆったりと足を組んだアレスは立ち尽くした美咲を引き寄せ、水鏡を前に頬杖をついた。





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