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道化の国
欲しい人2


頭の中に重く響くその声は反響し、何度も何度も繰り返されジワジワと染み込んでゆく。

ゆっくりと瞼を開くと、唇に触れていた感触はなくなっていた。
代わりにあるのは、少しだけ微笑んだアレスの笑顔。


「私が欲しい人は…アレス…?」

「そうだよ、俺。可愛い美咲、ずっと一緒だよ」


耳元で囁かれる言葉に、何処か腑に落ちない美咲は焦点の合わない瞳で月を見上げた。
弱々しい月の光は記憶の中で甦る男の姿に霞みをがけ、そして月の光を吸収する闇に吸い込まれるようにして残像が消えてしまった。

闇となってしまった記憶は美咲の胸に穴を開けてしまう。
暑くも寒くも感じられない空間ではあるが、体温が下がってしまったと錯覚するほどの脱力感が美咲を支配する。

無意識のうちに流れ出た涙を気にもせず、美咲はゆっくりと瞬きを繰り返した。
美咲の定まらない視線を眺めるアレスは跪き、頬へ指を伸ばす。


「どうして泣くの?」


そう言って一雫掬うと、美咲は同じ目線にいるアレスを見つめた。


「私……わからない…。哀しい…けど、何が哀しいのか……わからない」


頬に触れていたアレスの指には溢れ出てくる涙が伝い、雫となって地に落ちる。
呆然としたまま自分の心の内を吐露する美咲は何度も呟きを繰り返すと、アレスは濡れた手を美咲の頬から後頭部へと滑らせた。


「哀しい事なんて忘れて、俺と生きれば良い」

「忘れて…?」

「そう。君は俺と一緒に此処で…、哀しみなんてない世界で生きてゆくんだ」

「哀しいのは……嫌…」


繊細な手つきで美咲の髪を撫で、呪文のように囁いた。
アレスの言葉に安心してしまった美咲は瞳を閉じ、薄っすらとした月明かりに照らされたフィールドで意識が白んでくる。


「そう…哀しいのは嫌だよね。もう俺しか見れないんだ、だから哀しい思いなんてする事はないよ」


美咲は朦朧した意識の中、アレスにもたれかかったまま僅かに安堵したように眠りについた。


「哀しみに暮れているに暇なんてないくらい、ずっと…、壊れるまで愛でてあげる。…そして俺に、君からの…本当の愛を……」


狂人めいた瞳の強い光を僅かに残し、二人の姿は月影に溶けて霧のように消えてしまった。




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あきゅろす。
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